むすっとした顔のまま、は廊下を急ぎ足で行く。
彼女が不機嫌を露わにするのは珍しい。
それより珍しいのは、その後ろをついてくるの斎藤が少し困った顔をしていることだろう。
「、なにを怒っている。」
「別に怒ってません。」
問いに、彼女は突っ慳貪な言葉を返す。
嘘を吐け。
と斎藤は心の中で呟いた。
怒っているからこそ、そんな反応をするのだろう。
「何が気にくわぬ」
「斎藤さんには関係ないんじゃないですか?」
わざとらしく「斎藤さん」と呼ばれて、斎藤はむっと眉根を寄せた。
やはり怒っている。
しかも、自分に対して、だ。
「」
「話しかけないでよ」
「」
「‥‥」
埒があかない。
斎藤は一つ吐息を漏らすと、一歩大きく踏み込む。
そうして、その腕を掴むと、
「っ」
手近な部屋に飛び込んだ。
その動きのなんと早いものか。
襖を開け、を大きく引き寄せて、その壁に押しつける。
どん、と些か乱暴にされは小さく呻いた。
「‥‥はなせ」
両手を壁に縫い止められ、真っ正面から目を覗かれる。
は睨み付け、低くそう告げた。
その目に明らかな怒りを込めて。
離せ、と。
「ならば理由を話せ」
斎藤はその視線を真っ直ぐに受け止めて口を開く。
どうして、とは笑った。
「なんで斎藤に言わなきゃいけないわけ?」
また、
わざとらしく、斎藤と呼ぶ。
いつものように「一」ではなく「斎藤」で。
それを彼が嫌っているのを知っていながら。
「、そう呼ぶなと言ったはずだ」
「知らないよ、そんなの
私怒ってるんだから」
「だから、何故‥‥」
「言ってやんなきゃ分かんないくらい、おまえ馬鹿になったわけ?」
はっ、と彼女は嘲笑を浮かべる。
話にならないと、彼女は言った。
「離せ」
「断る」
「斬るぞ」
「斬れるものならやってみろ」
「後で絶対ぶっとばす」
「」
「手を離せ」
はぐ、と力を入れて彼を押しのけようとした。
が、所詮は女の力。
手の甲が壁から離れただけで‥‥男を退けることは敵わない。
じっと彼の双眸を睨み付けていたが、
やがて、
「‥‥はぁ」
の方が根負けした。
彼女の身体から力が抜けた。
「」
「一が悪い」
はぶすっとした声で呟く。
一‥‥と呼ばれただけで、斎藤の口元は少し歪む。
「何がだ」
と訊ねると、彼女はこちらを睨み上げて、
「おまえが、自分の事に無頓着すぎるからだ」
そう告げる。
きっとそれはおまえにだけは言われたくないとか、他の幹部がいたならば言ったに違いないけれど――
「‥‥うわ、なにその顔」
は思いっきり嫌そうな顔で目の前の男を見る。
斎藤は目を落としてしまいそうなほど、大きく見開き、驚きを露わにした。
まさか自分が心配されているとはつゆ知らず、しかも彼女の怒りの原因が彼の無頓着さで‥‥
それはつまり、彼女が自分を気に掛けているという事実に、声もなく驚いた。
ああもう、だから嫌なんだとはますます不機嫌そうな顔になった。
「好きな人の事くらい心配するに決まってるだろ」
その言葉に、斎藤が更に驚きの顔をするのでは思いっきり頭突きを食らわしてやりたくなった。
かんたんな理由
斎藤さんとの喧嘩が書きたかった(笑)
この間ゲームをしてて、斎藤さんが、自分の事に
無頓着すぎる所に、ちょっと思うところがあって
書いてみました。
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