副長助勤には、あまり弱点がない。
いつもへらへらと笑っているくせに、いつだって隙が無く、朝も夜も寝込みを襲うにしても返り討ちに合う。
手合わせをしてもほとんどの人間が「参った」という羽目になり、彼女とろくにやりあえるのは新選組幹部の中でも2、
3人しかいない。
また、この世に怖いものなど何一つ無いという豪快さを持ち、鬼の副長に何度怒鳴られても平気な顔をしている。
人にはそれぞれ弱点がある。
必ず、あるはずだった。
「速やかならんを欲するなかれ、
小利を見るなかれ。」
唐突なその言葉に、は一瞬目を丸くする。
藤堂だった。
彼はこちらをじっと見つめ、その言葉を口にした。
「速やかならんを欲するなかれ、
小利を見るなかれ‥‥」
もう一度、彼は口にし、は目を眇める。
「‥‥」
藤堂はにやりと笑った。
しかし、
「速やかならんを欲すればすなわち達せず、
小利を見ればすなわち大事成らず」
その言葉の続きを、がよどみなく答え、その笑みは一気に崩れる。
「‥‥孔子の言葉だね?」
代わりに、今度はがにやりと笑った。
政をするには、成果を急いではならない。
目前の小さな利益に目を奪われてはならない。
事を急げば目的の達成は叶わぬ。
小利を追って遠大の謀がなければ、大事を成就出来ない。
孔子の、有名な言葉のひとつだ。
「‥‥なら知らないと思ったのに。」
くそ、と藤堂が顔を歪めて呟くので、
「こら、それはどういう意味だ?」
は言って、彼の頬をみょーんと伸ばした。
いででと声を上げ、間抜けな顔をさらしているが気にしない。
面と向かって頭が悪そうだと言われたのだ。
これはでも聞き流す事は出来ない。
「だ、だってさ!」
その手をふりほどき、藤堂は言う。
「って‥‥小さい頃から試衛館で育ったんだろ?」
それまでがどんな生活をしていたか知らないが、気がついた時にはここにいた。
ここで木刀を持って鍛錬していたのだと聞く。
それなら、学問に関しては疎いと思ったのだ。
そう言うと、彼女はにんまりと笑った。
「私、ここに来たときから、先生がいたんだよ。」
「先生?」
誰?
と彼が問うと、は意地の悪い笑みのままにこう、答えた。
「山南さん。」
ああ、なるほど、と妙に納得したと同時に、なんだか心理戦でも勝てそうにないなと藤堂は肩を落とした。
「‥‥なあ、近藤さん。
の弱点ってねえの?」
「なんだ?平助‥‥の弱点なんて探ってどうするんだ?」
縁側にてのんびりと茶を飲んでいる近藤を見つけて、藤堂は問いかける。
隣にどかっと腰を下ろしながら彼はだってさぁ‥‥と不服そうに口を開いた。
「いつもオレばーっか弄り倒されてさ‥‥」
なんか癪じゃん?
と彼は言う。
多分自分の方が年上なはずなのだが、どういうわけかは自分を年下扱いするきらいがある。
常に自分の事を「可愛いやつ」と言ってからかうのだから、一男子としてはたまらない。
剣を合わせても彼女に勝つことが出来ず、これまた情けない限りだ。
決して‥‥が嫌いというわけではない。
ただ、負けっ放しでは立つ瀬がないというか‥‥
そう、自分は年上で、男なのだという所を見せてやりたいだけなのだ。
が‥‥女だから。
と言えばきっとは冷たい眼差しを向けるのだろうが、男としては女よりも強くありたいと思うのは仕方のないことだ。
「‥‥でも、弱点一つみつからねえ。」
がくりと彼は肩を落とす。
そんな彼を見て近藤は豪快に笑った。
「の弱点か‥‥そいつはたくさんあるぞ。」
「え!?ほんとに!?」
近藤の言葉に藤堂は目の色を変え、なになに?と食いついた。
すると、
近藤はにこりとそれはそれは優しい笑みを浮かべて、
「平助、おまえだ。」
と答えた。
「‥‥へ?」
一瞬、意味が分からなくて彼は間の抜けた声を上げる。
弱点が‥‥彼。
それはどういうことだろう?
「平助だけじゃないぞ。」
首を捻っていると、近藤は笑顔で続けた。
「永倉や原田‥‥斎藤君に源さん‥‥」
まだあるぞと彼は言う。
「山南君に、総司‥‥
トシや俺。」
それが、
「の弱点だ。」
と彼は言った。
一体どういう事なのだろう?
彼女の弱点が‥‥彼ら新選組の皆だなんて。
それは‥‥
「‥‥が大事にしてるもんだ。」
近藤は優しい顔で言った。
新選組の皆が。
にとって何よりも大事なものなのだと、彼は言った。
何があっても守りたいもので‥‥何があっても失いたくないもの。
失えばきっと、は壊れる。
刀で斬られるよりももっと大きな傷を負う。
だから、彼らが、
の弱点。
「そういう人間なんだよ。」
という人は。
と、近藤にばしと肩を叩かれ、藤堂はなんとも言えない顔で、床を見つめた。
「って‥‥変な奴だな。」
「なにそれ、喧嘩売ってんの?」
藤堂の呟きにはひょいと片眉を跳ね上げる。
「いや、だって‥‥」
と言いかけ、彼は首を振る。
こちらを見るその瞳はいつもの彼女のものだけど‥‥その彼女が失いたくないものの一つに、自分が入っているのだと
思うと、なんだかくすぐったいが、妙に誇らしい気がする。
「なんでも‥‥」
「変な平助。」
ふると首を振れば、は苦笑を浮かべた。
「あ、でも、いつかおまえをぎゃふんと言わせてやるからな!」
いつか、腕を磨いて、
彼女の剣を、
彼女の背を越えてやる。
そうして、自分が彼女を守れるようになってやるんだと藤堂は言った。
そんな彼に、
はにこりと笑って、
「ぎゃふん」
その一言。
「―――!!」
今日も、屯所の中では楽しげな声が聞こえている。
弱点
毎度こんな感じで平助は弄られています。
の弱点‥‥っていうのは、彼らでしょうね‥‥
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