たどたどしい足取りで行くその人を、土方は見つけた。

  普通とは違う、重たい足取り。
  時折ふらつくその危なっかしいそれに、彼は眉間に皺を寄せる。

  「おい、千鶴。」

  呼びかけると、千鶴はやや鈍い動作で振り返った。

  振り返る彼女は、しかし、

  「‥‥ひ、じかたさん‥‥」

  ひどく青い顔をしていて、

  「どうした。」

  眉間の皺はそのままに、しかし、怒ったというよりは真剣なそれで、彼は近付いてくる。
  常ならば愛らしい笑みの一つでも浮かべ挨拶でもするだろうに、彼女はその余裕さえないらしい。
  近付けば、額にはふつふつと汗の珠が出来ている。
  これは尋常ではない。

  「‥‥大丈夫、です。」

  そのくせ、いっぱしに「大丈夫」というのだから始末に負えないものだ‥‥と土方は思った。
  顔を歪めて、
  「大丈夫なわけねえだろうが。」
  低く言いながら、とりあえず、彼女を座らせるべきだと判断し、腕を引いて手近な部屋へと入る。
  幸いというか、そこは千鶴の部屋だ。

  「――っおい!?」

  それが限界だったのか。
  千鶴は部屋に入るや否や、膝から崩れ落ちた。

  「大丈夫かっ?」

  咄嗟に手を出し、抱き留める。
  見れば彼女の顔は一層青ざめ、呼吸は乱れている。

  「くる‥‥しっ‥‥」

  乱れた呼吸の中、千鶴はそう告げた。

  苦しい。
  と。

  「どこがだ?」

  土方は真剣な面もちで訊ねた。
  どこが苦しいかと。
  すると、千鶴は弱々しく手を伸ばして、

  「‥‥こ、ここ‥‥」

  己の胸元をぎゅっと掴む。

  胸が苦しい。

  土方は眉間の皺を濃くした。
  胸の病を患っていただろうか。
  いや、そんな話を聞いた事はない。
  昨夜までは咳はしていなかったし、今だってしていない。
  となれば何故?

  と一瞬の内に考えて、

  「‥‥」

  一つ、思いついた事があった。

  思いついて、まさか、と思ったが、胸を患っているのではないと考えればそれが一番しっくりくる。
  というか『千鶴』だからこそ、その可能性があるというもので、

  「‥‥ひじかた‥‥さん?」

  彼の手が千鶴の手を取った。
  一瞬だけ、土方は躊躇った後に、

  「大声を上げるなよ。」

  と釘を差して、

  ぐいと、

  袷を両の手で割り開いた。

  瞬間。
  千鶴は固まる。
  何をされているのか分からずに呆け‥‥しかし、すぐに、サラシに男の手が掛かり、
  「っきっ‥‥」
  思わず声が出そうになった。
  「大声を上げるなって言っただろうが。」
  それを大きな手が口を押さえて遮る。
  口を覆ったまま、しかし、胸元を乱されて千鶴は更に混乱する。
  顔を真っ赤にしながら、彼の腕の中で暴れた。
  「や、やだ!!やめてくださいっ!!」
  先ほどまで死にそうだったのが嘘のように、大暴れする。

  しかしだ、相手は大の男。
  おまけに荒くれ者たちを纏める副長である。
  そんな彼に女である千鶴が敵うはずもない。
  「やだっ、やだぁっ!」
  千鶴はほとんど泣き声みたいな声を上げた。
  見れば本気で涙をためている。

  「阿呆、違う。」

  そんな彼女に降ってくるのは、呆れた土方の声だ。
  そして声と共に、胸元を乱していた手が、離れた。
  「え?」
  と千鶴は思わず声を上げて、驚きにきょとんと彼を見やる。
  このまま手込めにされる‥‥と思っていたが、彼はあっさりと身を引いた。
  少し距離を取り、彼は、
  「どうだ?」
  と訊ねてきた。
  ますます分からない。
  千鶴は「え、え」と声を漏らし、
  「苦しくなくなっただろうが‥‥」
  そんな彼女にまたため息を一つ零して、土方は呟く。

  「あ。」
  言われてみると、千鶴が先ほどまで感じていた胸の苦しさというのは無くなっていた。

  「サラシをきつく巻きすぎたんだろうな。」

  男装をするために胸を押さえていたそれが‥‥きつすぎたのだ。
  毎日同じように巻いてはいても、彼女はまだ成長期の過程にある。
  知らず、胸も大人のそれへと変わっていっていたのだろう。
  それを無理矢理押さえたのであっては、具合が悪くなるというものだ。

  「‥‥そ、っか‥‥」

  千鶴はほっと胸をなで下ろした。
  そして気付く。
  己の胸元は‥‥袷を乱され、その下で白いサラシが緩んでいるということを。
  白い肌が彼の前に晒されているということ。
  「っ!」
  彼女は慌てて衣をかき集めた。
  顔を真っ赤にして、後ろを向くのを見て、土方はちょっとだけ面食らった顔をして、それから、

  「‥‥馬鹿、おまえみたいなガキ相手に俺が手を出すわけがあるか。」

  ぼそりと小さな声で呟く。
  言われて、
  「分かってますけど‥‥」
  千鶴の口から拗ねたような声が漏れる。

  彼女を安心させるつもりなのだろうが‥‥あんまりな言葉だ。

  確かに、土方は大人で‥‥自分は子供だ。
  分かってる。
  色気もなにもないことだって分かってるけど、なにもきっぱりと言わなくても。

  「‥‥」
  しょぼんと肩を落とす彼女の小さな背中を見て、

  土方は一瞬瞠目し、次には決まりの悪そうな顔。
  それから、
  それを苦笑に変えて笑うと、

  「千鶴。」

  「なんですか‥‥」

  突っ慳貪な声が返ってきた。
  怒っているというより拗ねたそれに、土方はくくっと喉を鳴らして笑う。
  千鶴は笑われた事に無性に腹が立って、きっと涙目で振り返り、睨み付けた。

  そんな彼女に、

  「2年だ。」

  土方は笑みを浮かべて告げた。

  「え?」

  千鶴は怪訝そうに眉を寄せた。

  「あと2年も経てば、おまえもいい女になるだろうから‥‥」

  そうしたら、
  と、
  彼は目を細めて、挑発するような眼差しを向けて、
  告げた。

  「その時は、ちゃぁんと手を出してやるよ。」




 いつか‥‥



快く物々交換に応じてくださったユウ様に捧げます‥‥
ってすいませーん!土方さんがこんななっちゃいましたけど、大丈夫ですか!?
なんか、ほのぼのを書こうとしてたはずなのに、おかしいなぁ‥‥
三剣の中では土方さんは色気たっぷりナンバー1なんですが、三剣が書くとただの
セクハラになってしまう(残念)
つたない文章ではありますが、気に入っていただけると嬉しいです♪

これからもよろしくお願いしますね♪

2008.12.16 蛍