「‥‥ちょっとさ、衣装交換なんていうものをしてみない?」
唐突なの意見に、斎藤は思いきり眉を寄せて見せた。
衣装交換。
何を言い出すのだと、彼はを見ている。
「いや、なんつーかさ‥‥毎日同じ服だと飽きるんだって!」
だから衣装交換しようと言われても、生憎と斎藤はついていけない。
「ってことで、一、着物脱いで。」
何が「ということで」なのだろうか。
いやしかし、彼女の突拍子のなさにはいつだって驚かされる。
衣装交換をすると言い出すならまだしも、ここで脱げ、と言われるとは思わない。
さすがの斎藤も黙り込み、これはなんと返すべきかと考えている。
「それならば、女物の着物を着ればいいだろう。」
考えた結果、衣装交換をしたいというのならばこうすべきだという案が浮かんだ。
仕事上、時折女物を着ることがにはある。
とはいえ頻繁にはなく、着飾ってはいるが、楽しむ余裕はないだろう。
なんせ仕事の最中だ。
しかし今ならばそれを考える事もない。
存分に楽しめばいい、と斎藤が言えば、そうじゃない、とは首を振った。
「そうじゃなくて、私はおまえの着物が着てみたいんだってば!」
斎藤は今度こそ、言葉を無くした。
他意はないのだろう。
ただ純粋に、仲間が着ている着物を着てみたいという好奇心故、なのだろうが‥‥
『おまえの着物が着てみたい』
その言葉は男心にはちょっと、くる。
それはまるで、
「あなたの温もりに包まれたいの」
とか
「あなたの香りを感じたいの」
とかそういう、ちょっとこちらに期待をさせる言葉にも聞こえる。
いや、それどころか、
自分の着物を彼女が身に纏う‥‥
自分の温もりや、においのついたそれを、彼女が纏う。
彼女に自分のものが移り、そして、彼女のものも自分に移るわけで‥‥
それは、ちょっと、
「っ‥‥」
破廉恥だ。
想像したら目眩がした。
うっかり想像してしまった斎藤は、顔を押さえて背ける。
それどころじゃなく、妄想が暴走してしまいそうで、慌ててその場を逃げるように腰を上げた。
「あ、ちょっと!」
「悪いが‥‥俺ではつきあいきれん。」
なんというか、付き合ったが最後、色んな意味でまずい気がする。
斎藤はふらふらと頼りない足取りで部屋を出ていこうとしていた。
「‥‥」
それを、黙って見送るような女ではない。
自分が見つけた、
獲物を、
逃がすような女ではない。
音もなく彼女は上体を伸ばして、
ぐい、
「っ!?」
黒い帯を引っ張り、引きたおす。
まさか引きたおされると思っていなかったらしく、斎藤はまともに身体の均衡を崩して、どさっと畳の上に転がった。
驚くのはそればかりではなかった。
「!?」
彼女が自分の上に跨っていたのだ。
先ほど力一杯引っ張られたせいで緩んだ帯に手を掛けながら、きっちりと締めたはずの袷を開かれる。
「まっ、待て!」
斎藤は慌てた。
動揺のあまり引きつった声が口から漏れる。
「待たないね。」
は楽しげに笑いながら男の着物を脱がせていく。
ただ単に着物を脱がせるのが目的で、決して不埒な事をしようとしているわけではない。
のだけど、なんだろう。
襲われている気分になる。
いやいや、逆だ。
これは逆だ。
普通は男が上だ。
「待てっ」
「往生際が悪い。」
にやりと悪党のように笑う彼女は、まさに女に無体な事を強要している悪代官のようだ。
いや、だから、逆だ!
と斎藤は半ば動揺してまともに動かない頭の中で叫んだ。
「ちょっと、うるさいんだけどー」
「なぁに騒いでやがるんだ?」
その時、外からのんびりとした二人の声が聞こえ、す、と襖が開けられた。
二人は襖を開け、中の様子を見た瞬間に「あ」と変な声を上げて、止まった。
それは、中の二人も同様だ。
そこに立っていたのは沖田と原田である。
二人は、目をまん丸くし、こちらを驚きの表情で見ていた。
それもそのはず。
床に引きたおされた斎藤がいて、
彼は着物を乱され、上半身が露わになっている。
そしてその上に跨り、彼の帯を手にして嬉々とした表情でいるのは‥‥だ。
その光景はどう見ても‥‥
「‥‥一君、襲われてるの?」
恐ろしく冷たく長い沈黙が続いた後、沖田は小首を捻って訊ねる。
可哀想にとなんだか憐憫の目で見つめられ、斎藤は慌てて首を振った。
衣装交換(壹)
衣装交換をさせてみようかと思いついた。
しかしあまりに斎藤さんはおもしろみがなかったので、
とりあえず襲うことにしました。
ははは、斎藤くんってば襲われたり、暴走したり、
大変だねぇ(笑)
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