「!匿ってくれっ!!」

  薄く開いた襖の隙間。
  そこから入れるのは鼠か、虫くらいだが、飛び込んできたのはそのどちらでもない。

  何故なら鼠も虫も‥‥匿ってくれなどと喋れないからだ。

  「平助?」

  飛び込んできたのは掌に乗る大きさをした仲間の姿。
  嘘のような話だが、山南に改良された『新石田散薬』を飲まされて縮んでしまったのだという話を聞いたのは少し前の話だ。
  そのついでに思い出す。
  確か‥‥今日は一日大人しくしていろとかいう話だったのではないか、と。

  「‥‥おまえ、部屋抜け出していいのか?」
  「それが!ちょっと外に出た隙に誰かに襖を閉められちまったんだよ!!」

  ああなるほど。
  この身体では襖を開けることは不可能。
  つまり部屋に戻ろうにも戻れないと言うことか。

  「そしたら、どっかから野良猫が飛び込んできて!!
  逃げ回ってたら土方さんに見つかって‥‥追いかけられてるんだ!!」

  頼む、と彼はひしっと着物を掴んだ。
  見上げ、泣き出しそうな顔で、頼む、と彼は懇願した。

  無断で部屋を抜け出したと鬼副長に思われては‥‥どんな仕置きが待っているか分からない。

  「‥‥わかった。」

  はこくりと頷いた。
  今回ばかりは事故なのだから仕方ない。

  「匿ってやる。」
  「ありがてぇ!!」

  ぱぁっと藤堂の顔が輝いた。

  と、同時に、どすどすと不機嫌そうな足音が近付いてくる。

  「平助!どこ行った!!」

  土方だ。

  ぎくっと肩を震わせる藤堂をは指の先でつまみ上げた。

  「うわっ!?」
  「ちょっとここに隠れてろ。」

  残念ながらの部屋にはあまり物が置いていない。
  隠れるのに最適な場所と言えば押入くらいなのだが、今から走った所で間に合わないし、そんなべったべたな隠し場所に
  隠せばすぐに見つかってしまう。
  それよりも、と彼女は摘んだ藤堂を、

  「うぉ!?」

  自分の着物の胸元へと放り込んだ。

  些か乱暴に放り込まれたのに‥‥
  ふにょん、

  「え?」

  柔らかい何かに受け止められる。
  驚いて手を当てると、
  「っ」
  手が沈んだ。
  いや、手だけではない。
  身体が、沈んだ。

  なんだこれは、なにがあるんだと藤堂は振り返る。
  振り返って‥‥

  「‥‥ぁ‥‥」

  自分が思ったよりも白い、それに、一瞬だけ頭の中も同じ色で染まり、

  ぱん、と何かが弾けた気がした。


  「、いるか?」

  袷を正すのとほぼ同時に、襖が開かれる。
  鬼の形相をした土方がにょっと顔を覗かせた。

  「一体何事ですか?」

  は苦笑で応える。

  「ここに、平助が来なかったか?」

  隠し立てするとただじゃおかねえぞと言いたげな鋭い眼差し。
  どうやら今日の土方はおかしな事件のせいで、非常に機嫌が悪いらしい。
  もうそれはほとんど八つ当たりみたいなもんじゃないかとは内心で呟き、

  「いいえ。」

  ふるっと頭を振る。

  「来てませんけど‥‥どうかしました?」

  一分の隙もない、不思議そうな表情。
  疑う余地のないその反応に、土方はそうか、と眉根を寄せて呟いただけだった。

  「いや、なんでもねえ。
  もし見かけたら俺の部屋に来るように言ってくれ。」

  邪魔したな、と彼は言い、くるりと背を向けるとすたすたとどこぞへと歩き去ってしまった。



  「なんとか疑われずに済んだみたいだな。」
  足音が完全に聞こえなくなるとはふぅと溜息を吐く。
  「もう大丈夫だぞ平助。」
  今の内に早く自分の部屋に戻れ。
  そうは自分の袷をよいしょと開いて中に放り込んだその人に声を掛けた。

  ありがとな。

  という元気な声と共に飛び出してくるかと思いきや‥‥

  「‥‥平助?」

  そこにはぐったりとした彼の姿があった。



  「土方さん!助けて下さいっ!!」

  喧しい足音を立て、血相を変えて彼女は飛び込んできた。
  何事かと驚いて顔を上げれば、ずいっと差し出されたその手の上に、

  「‥‥平助!?」

  ぐったりとした藤堂の姿があった。

  しかもどういうことか、顔面血だらけなのだ。

  「一体何があった!?」
  まさか、猫にでも襲われたというのか‥‥ああ、新選組の幹部が猫にやられるなど情けないがこの身体では無理もない‥‥
  もしくは誰かに踏みつけられたか‥‥とにかく何があったのかとの顔を見れば、彼女は少し青ざめた様子でこう、答える。

  「‥‥その、土方さんから匿おうと思って、胸元に放り込んだんです。」
  その時にもしかしたら知らず押さえつけてしまったのかも知れない、とは言う。
  今の彼にとっては女の手でも簡単につぶせてしまえそうな大きさだっていうのに‥‥
  しかし青ざめる彼女とは違って‥‥土方は、胸元?と僅かに怪訝そうな声を上げてそこをまじまじと見る。

  いつもならば平らにしているそこは‥‥風呂上がりのせいだろう‥‥サラシを外していて、胸元には独特な膨らみがある。
  つまり、
  女の‥‥胸。

  「‥‥まさかおまえ‥‥」

  その状況で胸元に放り込んだというのか?

  土方の問いかけには真剣な面もちでこっくりと頷いた。

  次の瞬間、男が女の掌から藤堂を払い落としたのは‥‥言うまでもないこと。


一寸隊士



CDネタを聞いて思いついた(笑)