「おまえまでなんで抜け出すかな。」

  はう、とは大きな座布団の上にちょこんと胡座を掻いて座る小さな姿を見てがっくりと項垂れる。
  座布団の上に座っているのは大きさでは鼠や虫と同じくらい。
  だが、それは紛れもなく彼女の仲間の姿だ。
  一番組組長‥‥沖田総司の姿。
  勿論彼は元々そんな大きさをしているわけではない。
  自分よりもゆうに大きな身体をしている‥‥因みに態度はもっとでかい‥‥
  そんな彼が何故掌に乗るくらいの大きさになってしまったかというと、嘘みたいな話なのだがとある薬を飲んで‥‥身体
  が縮んでしまったのである。
  確か、本来は「若返り」を目的としていたのだが‥‥どこをどう間違ったらそうなってしまうのやら。

  「え?僕が土方さんの言いつけ通り大人しくしてると思った?」
  「思わなかったよ。」

  は溜息交じりに答え、のそのそと部屋の中に入ってくる。

  「っていうか、どうやってこの部屋入ったの?」
  確か障子は閉めていたはずなんだけど‥‥というと、
  「‥‥これで‥‥」
  沖田はひょいと腰に差していた銀色の針を翳した。
  縫い針のようだ。
  それでどうやって中に‥‥

  「‥‥あ‥‥」

  まさかと振り返り障子戸を見れば、下の方に彼女の拳くらいの大きさの穴が空いていた。
  丁度‥‥今の沖田の大きさ、である。

  「てめ‥‥」

  どうやら障子を破って、侵入したらしい。
  くそ、貼り替えるのは誰だと思ってるんだ。
  睨み付ければ沖田はあははと笑って誤魔化した。
  そんなもので誤魔化されるつもりはなかったが、言った所でこちらが疲れるだけだ。
  目を瞑ろう。

  「‥‥で、何?
  何の用?」
  「いや、匿って貰おうと思って。
  今、土方さんに追いかけられてるんだ。」

  彼は何でもない事のように言ってのける。
  やはり、脱走を土方に見つかって追いかけ回されているらしい。
  そりゃ当然だ。
  今の状態の沖田を野放しにしておいたら何が起きるか分からない。
  小さな身体を生かして悪戯三昧‥‥である。
  しかしそれと同時に土方が外に出るなと言う理由は、今の大きさではどんな危ない目に遭うか分からないから‥‥でも
  あった。
  その小ささでは、猫に引っかかれただけで致命傷だ。
  下手をすれば烏とかに攫われて食われてしまうかもしれない。
  人に踏みつぶされても、一溜まりもない。
  ということで‥‥出るな、と口を酸っぱくして言ったのだと思うが‥‥

  「だって暇なんだもん。」

  当人はどこ吹く風、である。

  まったくもう。
  は溜息を零した。

  「庇えるわけないだろ。
  障子に穴空いてるんだからおまえが侵入したって一目瞭然だ。」
  「それはうまいこと鼠がやったとか‥‥」
  「だーめ。
  っていうか、私の部屋に隠れる場所なんてないんだから‥‥」
  殺風景なこの部屋のどこに隠せるというんだか。
  がぐるりとあたりを見回して言うと、じゃあ、と沖田は腰を上げてすたたたとの膝の上へと登ってきた。

  「ちょ、総司!?」

  器用に膝の上に登り、着物を小さな手で掴んでよいしょよいしょと登ってくる。
  何をするつもりかと怪訝そうに見守っていると、

  「僕、ここに隠れるから。」

  沖田はそう言って、ひょいと袷の向こうに滑り込んでしまった。
  しかも、どういうことか襦袢の中にだ。

  「ちょ!こら!!」

  なんつーところに隠れるんだ。
  は慌てて着物の中に手を突っ込む。
  するりと滑り込んだ小さな身体は‥‥うまいことその手から逃れて奥へ奥へと逃げてしまう。

  「こら!出てこいっ!」

  どこだとは身体のあちこちを探る。
  がしかし、沖田がどこにいるのかは分からなかった。
  斯くなる上は着物を脱いで探し出すしか‥‥

  そう思って帯に手を掛けて緩めた瞬間、

  「、少しいいだろうか?」

  外から斎藤の声が掛かった。
  ぎくり、とは肩を震わせ、
  「な、なに?」
  慌てて手を止める。

  す、と静かに襖が開かれ顔を覗かせた斎藤は難しい顔で室内に視線を向けながら、

  「総司の行方を知らぬか?
  どうやら部屋を抜け出したらしい。」

  と問いかける。

  訊ねながらある程度のあたりはつけていたのだろう。
  なんせ彼の部屋同様、障子が破れているのだ。
  彼の仕業に違いない。

  「あー、その、総司だけどさ‥‥」

  私の着物の中に隠れてるんだけど、探すのを手伝ってくれないか?

  そうが口を開こうとした瞬間、

  こしょ――

  「ふひゃっ!?」

  脇腹を擽られ、の口から変な声が漏れた。
  慌てて笑いを堪えようと口を手で覆う。

  斎藤が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
  どうした?
  と言いたげに。

  そ、総司のヤツ‥‥っ

  どうやら手乗り一番組組長さんが着物の中で悪戯をしているらしい。

  くそ、誰が匿ってやるものか。
  斎藤に突きだして、土方の長い説教を食らわせてやる。

  「一、実はさっ!」

  口早に沖田の所在を告げようとすると今度は、

  こちょこちょ――

  「うひゃひゃひゃっ!!」

  脇の下を擽られ、堪えきれずに笑い声が漏れてしまった。

  「‥‥‥‥何を笑っている?」

  斎藤からすれば突然笑い出したの姿は異様な姿に映っただろう。
  眉根を寄せて問われ、は違う、と笑いを堪えながら首を振った。

  「そ、総司がそのっ‥‥」

  着物の中に、

  そ ろ

  だがしかし、次に沖田が触れた瞬間、はがくんっと頽れた。
  咄嗟に奥歯を噛みしめて声は殺したものの、身体は抗いがたいそれに打ち震えた。
  触れたのは、
  サラシの上。
  胸の膨らみの頂点だ。
  そこを小さな掌で触れられて、悲しいかな女は‥‥感じてしまった。

  ぐ、と奥歯を噛みしめる。

  そうしなければ断続的に与えられる刺激に‥‥甘ったるい声を漏らしてしまいそうだった。

  「?どうした‥‥」

  頽れた彼女に斎藤は近付く。
  しかし、は彼が顔を覗き込む前に、

  「はじめ‥‥」

  強ばった声を漏らした。

  気のせいだろうか‥‥その声がいつもよりも艶めいて、斎藤はぎくりとして、脚を止める。

  は‥‥とは一度吐息を漏らした。
  すっかり濡れて、熱くなった吐息を。

  それから奥歯をもう一度噛みしめて、腹の下に力を入れる。

  「‥‥総司‥‥なら‥‥この部屋にはいない。」

  震える声では紡いだ。

  「外に追い出した‥‥から‥‥」

  だからもう、

  ――一人にして。



  「ありがと。」

  憔悴しきったの胸元からひょこっと沖田が顔を出した。
  何がありがとうだこの馬鹿野郎。
  はぜぇはぁと熱い吐息を漏らし、頬を上気させながら男を睨み付ける。

  あんなの無言の脅迫だ。
  あんな事されたんじゃ、ああ言わざるを得ないじゃないか。
  きっと正直に口にしていたらもっと酷い目に遭わされたに違いない。
  もっともっと‥‥恥ずかしい事を‥‥

  「‥‥でてけ‥‥」

  はふいっとそっぽを向いて言う。

  擽られただけならまだしも、他の仲間の前で‥‥弱い所を触るなんて‥‥

  何より腹が立つのは、仲間の前だっていうのに、弱い部分を責められて感じてしまった自分か。
  修行が足りない。
  快楽などはね除けるだけの精神的な強さが足りない。
  くそ。

  「‥‥あれ?怒ってる?」

  当たり前だ。
  暫く口なんぞ聞いてやるか、馬鹿野郎。

  とそう内心で呟いた。
  しかし、そんな事に気付いているのかいないのか、沖田はあろうことかこんな事を言ってのけた。

  「もしかして、中途半端で止めちゃったから怒ってるの?」

  「‥‥‥はぁっ!?」

  何を言われたのか分からなくては一瞬だけ反応に遅れてしまった。

  違う違う。
  断じて違う。
  続きをしてほしいから怒ってるんじゃなくて、沖田があんな事をした事に怒っているというのだ。

  「わ、私は‥‥」
  「うん分かった。すぐ気持ちよくしてあげるから。」

  待ってて、と言うとひょこんっとその身体がまた着物の下に隠れた。

  「ちょ!待て‥‥やめろ、続きなんてしなくていいからっ!」

  がさごそと胸の周り、腹の周りを探し回っている内に沖田はの弱い場所にたどり着いたらしい。

  ふにゅ――

  「ひっ!?」

  びりっと強い痺れと疼きには目を見開いた。

  まさか、
  まさか‥‥

  は恐る恐る視線を下へと向けて‥‥

  「や、止めろ総司‥‥頼むからそこはっ‥‥」

  泣きそうな制止の声に、
  沖田が手を止めたかどうか‥‥は、言うまでもない。


  
一寸隊士逃亡中



  小さくなったら変な事をしそうです。