「この中で一番怖いのがだと思うよ。」

  ぎゃあぎゃあと本日もおかず争奪戦を繰り広げている喧しい広場。
  永倉と藤堂の熾烈な戦いが続く。
  隣にいる千鶴は喧しい事この上ない。
  いつもすまないなと原田が苦笑で零すのを、ただ慣れましたと彼女は笑って答えるしかない。
  戦いを繰り広げる二人の皿からひょいと肉が奪われた。

  「ああー!」

  揃って大声を上げれば、斎藤は済ました顔でその肉を口の中に放り込んで、言った。

  「隙だらけだ。」

  「く、くそぉ‥‥それは俺の最後のっ」
  「新八っつぁんが変な事するからオレのまで取られたじゃんかー!」
  「てめ、平助が素直に俺に寄越せばこんなことには‥‥」
  こうなったらと互いの皿へと箸を伸ばす。
  なんとも醜い争いだと沖田が呟いた。
  隣では静かに食事をしていた。
  そういえば‥‥と千鶴は思う。
  「さんのお皿にはどなたもお箸をつけませんよね。」
  時折、永倉は「これもらっていいか?」と千鶴の皿からおかずを貰うことがある。
  気がつくと一品減っている事もあるので、誰が取ったか分からないという事もあった。
  しかし‥‥のものに手を出している人はいない。
  黙って食事をしている彼女だが、別に隣の沖田が牽制しているというわけでもないだろう。
  どうしてだろうと首を捻れば、沖田は笑った。

  「この中で一番怖いのがだからだよ。」

  「‥‥え?」
  千鶴は眉を寄せた。
  この中で一番怖いのが
  それはあまり信じられない。
  怒るどころか、声を荒げた所だって見たことがないのに。
  いつもにこにこ笑っている彼女が怖いだなんてそんな‥‥
  「またからかってるんですか?」
  千鶴は唇を尖らせた。
  「さんが怖いだなんてそんなの私‥‥」
  信用しませんから。
  と言いかける彼女の言葉を、

  がっしゃぁあん!!

  けたたましい音が遮った。

  「っ!?」
  空を膳が飛ぶ。
  皿やその上にのったおかずが、宙を舞った。
  びしゃりとみそ汁が畳を汚す。
  漬け物がその上に見事に落ち、
  からん、
  と最後に湯飲みが転がり、
  やがて音は止まった。

  「あ‥‥」

  藤堂の足だった。
  膳を蹴り飛ばしたのは。
  どうやら戦いに白熱するあまり、二人は掴み合いまで発展したらしい。
  永倉の手が藤堂の胸ぐらを掴み、暴れた藤堂の足が、蹴ったのだ。

  「ぁ‥‥」

  千鶴の、
  膳を。

  彼女は自分の前から膳が無くなったのを、目を丸くして見ている。
  その手にはご飯の盛られた碗だけが乗っていた。
  その他のおかずやらみそ汁は藤堂に蹴られ、宙を舞って床に散乱していた。
  もう、食べられない。

  恐ろしく、
  冷たい空気がその場を満たした。


  「ご、ごめん!!」
  やがて我に返った藤堂が慌てて謝った。
  「悪い千鶴ちゃん!」
  それに続き、永倉も頭を下げた。
  「こ、こいつが変なことするからさ。」
  「そ、それは新八っつぁんが‥‥」
  「もとはといえばおまえがっ‥‥」
  「人のせいにすんのかよ!」
  ぎゃあぎゃあと二人は再び言い争いを始めようとする。
  「ああ、やめておいた方がいいよ。」
  とその二人を沖田が窘めたが、声は届かないようだ。
  「大丈夫か、千鶴。」
  ほれと隣にいる原田が手拭いを差し出してくれる。
  着物がみそ汁で汚れてしまった。
  「あ、大丈夫です。」
  千鶴は答えた。
  ただ、驚いただけで‥‥
  と笑う彼女に、ぶつんとその人はキレた。

  ダン!!

  畳を踏み抜くいきおいでその人は立ち上がる。
  音に、藤堂と永倉はぴたりと手を止め、立ち上がるその人を見上げた。
  瞬間、二人の顔がひくっと引きつるのを沖田は見て、呆れたように呟く。

  「だからやめといた方がいいって言ったのに。」

  ゆらりと立ち上がったのはだ。
  彼女は、にこにことそれは満面の笑顔を浮かべている。
  しかし何故だろう。
  笑顔なのにものすごく‥‥怖い。

  「新八さん‥‥平助‥‥?」
  笑みのまま、彼女は二人を呼ぶ。
  「千鶴ちゃんのご飯を台無しにして、どうするつもりかなぁ?」
  「そ‥‥それはっ‥‥」
  問われて二人は、顔色を真っ青にした。
  何故か、彼女の後ろに般若が見える。
  にこにことは笑顔のままだけど、その身体から立ち上るのは紛れもない殺気だ。
  今すぐにでも目の前の二人を斬り殺してしまいそうな殺気を惜しげもなく晒して、しかし、笑顔のまま
  彼女は続けた。
  「罰として、今から二人で千鶴ちゃんのご飯を調達してきてください。」
  勿論、とは言った。
  「隊士から巻き上げたり、八木さんにご迷惑をかけることもなく‥‥ですよ。」
  つまり、
  自分たちの金でどうにかしてこい。
  とは言った。

  しかも、
  今すぐに。

  「そ‥‥そんな平助が‥‥」
  「し、新八っつぁんが‥‥」

  二人はもごもごと言う。
  瞬間、その瞳がぎらりと光ったのを千鶴は確かに見てしまった。

  「口答えしない!」

  ついでその口から飛び出た鋭い声に、二人はぎゃあと飛び上がって、ばたばたと逃げるように部屋から出ていってしまった。

  「‥‥」
  ばたばたと遠ざかる足音を沖田は楽しげに、斎藤や原田は呆れた面もちで見送った。
  やがて、の鋭い目つきが緩くなる。
  「まったく‥‥ガキじゃないんだから。」
  は一人ごちてすとんと座り直した。
  もう一度箸を持ち上げて、食べようとすると、沖田にちょいちょいと肩を突かれる。
  「なに?」
  「‥‥、あれ。」
  あれ、と指さされてはそちらを見る。
  彼女の斜め前に座っていた千鶴は、
  どういうことか、青い顔のまま、ぼろぼろと涙を零していた。



いちばんコワイひと



は基本笑って許してくれる人ですが、
「怒れない人に迷惑をかける」のは怒ります。
基本、千鶴ちゃんの事に関して一番コワイのがかと(笑)
その後、二人はしばらくご飯を千鶴に献上する羽目に
なったのは別の話。