「土方さん、駄目です!」
「うるせぇ! 俺に指図するんじゃねえ!!」
襖を開けるや否や千鶴の必死の声と、土方の怒声が飛んでくる。それだけではなく、千鶴が彼にしがみついているではないか。
一瞬、二人がそういう関係だったのかと見てはいけない物を見てしまった気持ちになる。と同時に胸の奥をちくりと痛みにも似たものが過ぎったが、それは綺麗に無視をしてとにかく邪魔をしてはならないと襖を閉めようと思ったが、
「さん! 助けてください!」
それよりも前に千鶴に見つかってしまって、なおかつ助けを求められてしまってはそうも出来ない。
「なっ! !?」
一方の土方は彼女に気付くとあからさまにしまったという顔になった。
そんな顔で見られて些かむっとしたが、いやそんなことよりも大事な事がある。彼の様子だ。
その顔は赤い。まるで酒を飲んだ後のようだが、こんな真っ昼間からこの男が飲むはずもない。足取りは酔った時のように心許ないが酒のにおいもしないし、額には汗がびっしりと浮かんでいる。
ああ。
思わず漏れそうになった声を殺す代わりに、双眸をすいと細めた。
なるほど、彼は熱を出しているのだ。
それを千鶴がなんとかして休ませようと……そういう所なのだろう。
「俺は平気だからな」
鼻息荒く、土方は言ってのけた。
そうして小うるさい助勤が何か言うよりも前に、外へと抜け出してしまおうとするのだ。千鶴はさせまいと腰にしがみついた。
「だ、駄目です! 休んでください!!」
「離せ千鶴!」
「離しません!!」
殴りつけそうな勢いに、しかし彼女は怯まない。
何の力も持たないか弱い女の子だというのに、あの鬼の副長にしがみついて彼の行動を阻止しようとするのだから……驚かされるというものだ。
ははぁ、と溜息を吐いた。
「千鶴ちゃん。離してあげな」
「さん!?」
きっと彼女ならば力になってくれるだろうと思っていたのに、そう言われて千鶴は驚きの声を漏らした。
一方の土方はには寝ていろと言われると思ったらしい。驚いたように目を丸くして、次の瞬間勝ち誇ったような顔になる。
「離せ」
そうして今度は落ち着いた声で言って、手を振り解くと千鶴は驚きのあまり力を緩めてしまっていたらしい。するりと逃げられて慌てて追いかけた。
「無駄だよ。千鶴ちゃん。この人に何言っても無駄。人の忠告なんててんで聞きやしないんだから」
「よーく分かってんじゃねえか。まあそう言う事だ」
「ぶっ倒れるまで分からない石頭なんだからね」
「誰が倒れるかってんだ」
俺は大丈夫だと言い、嫌味を言いたい放題の助勤の脇を通り過ぎる。
でも、と千鶴はもう一度食い下がるが、は緩く頭を振ってそれを制した。
その表情が一瞬失望に歪む。
彼女ならばきっと土方を止めてくれるだろう。そんな淡い期待が消え失せ、勝手に期待した自分に自己嫌悪する。
しかし、彼女が心を痛める必要などはなかった。
「はっ!」
――土方が通り過ぎて部屋を出ていってしまうその直前であった。
が鋭い声を上げたと同時に、その手を素早く横へと振るう。振るった手がとんっと男の首を捕らえた、かと思うとその身体がかくんと糸がきれた操り人形のように崩れ落ち、
「土方さん!?」
「よっ」
悲鳴を上げて腰を上げる千鶴と、慌てた様子もなく手を出して土方の身体を受け止める。
一体何をしでかすのか。
まん丸く目を見開く彼女を、は振り返る。
「土方さんを休ませるなら、実力行使が一番だよ」
ぱちりと片目を瞑ってみせるに、やはり敵わないなと千鶴は思うのだった。
副長取扱説明書
副長の取扱説明書は誰よりが知ってます
というお話。
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