「手を出せ。」

  年上の恋人の言葉に、迷わず手を出すと、その掌に銀色の‥‥小さな鍵を乗せられた。

  恋人は、不思議そうな顔で鍵を見つめる彼女に言った。

  「俺の部屋の、合い鍵。」

  冬の夜空に、の驚きの声が上がって、消えた。



  「そんなに驚く事ねえだろ?」
  くつくつと肩をおかしそうに震わせて笑う彼に、はだって、と鍵を両手で受け止めたまま口を開く。
  「合い鍵ですよ!?合い鍵!!」
  合い鍵、つまりはこの鍵で彼のマンションの家の扉を開けられるということだ。
  いつでも、
  自由に。
  「良いんですか!?私なんかに渡しちゃって!
  これがあったら私先生の家のもの盗み放題、売り放題ですよ?」
  「‥‥てめえ、俺の家に強盗に入る気か、こんにゃろう。」
  いやまさか。
  強盗に入る気などさらさらない。
  そんな事はしないが、そう言う事も出来ちゃうと言う事だ。
  合い鍵なんかもらってしまったら。
  「じゃ、じゃあ、隠しカメラとか、隠しマイクとか仕掛けて先生のプライバシーの侵害し放題‥‥」
  「総司かおまえは。」
  心底嫌そうな顔で言う彼にいや、私あいつほど性格悪くないし、と内心で呟く。
  そして勿論プライバシーの侵害なぞしないけれど、でも、そういう事も出来ちゃうんだぞと言うと、彼は寒そうな白い息
  を漏らし、

  「おまえが俺の秘密を暴きたいってんなら別に構わねえけど‥‥覚悟しといた方が良いぜ?」

  と妖艶な笑みを浮かべて言われてしまった。

  疚しい事は何もない。
  ただまあ、彼女には多少刺激のありすぎるものを披露する可能性があるが‥‥と匂わせて言うと、その唇が閉じた。
  それに関してはもうこれ以上何も言うまい、とでも言うかのようだ。

  それから手元の鍵に視線を落として、じゃあ、とまた更に別の事を言い募ろうとする。
  土方は遮った。

  「なんだ。受け取りたくねえってのか?」
  「‥‥そういう‥‥わけじゃない、けど‥‥」

  はう、と口ごもった。
  その鍵を渡してくれるということは、自分を信頼してくれている‥‥ということだろうし、いつでも来てくれて良いとい
  うメッセージも込められているのだろう。
  正直それは嬉しいし、出来る事ならば欲しい、と思う。
  でも、だ。
  これを自分が持ってしまったら、自分の都合を押しつけてしまう事になるのではないか。
  彼だって一人になりたい時があるだろう。そんな時に押し掛けてしまう事になれば、迷惑なのではないか‥‥

  「くだらねえこと考えんな。」

  そんな事を考えていると、少しだけ低い声が降ってきて、開いたままの手をぎゅっと握らされる形で手を包まれた。
  顔を上げれば覗き込む瞳が真剣な色を帯びており、しっかりと瞳を見つめながらこう言われた。
  「迷惑になるくらいなら渡したりしねえよ。」
  「‥‥‥先生。」
  「おまえが来たい時に来れば良い。
  おまえの事を迷惑だなんて思う事はねえから、遠慮すんな。」
  むしろ遠慮される方が迷惑だ、と言われ、は思わず面食らう。
  それが彼の優しさであり、本心でもあるのだろう。

  「‥‥わかりました。」
  握らされていたそれを、きゅっと、強く握りしめる。
  銀色のそれは冷たかったけれど、包む手が温かくてその冷たさをあまり感じなかった。
  「有り難くもらっちゃいます。」
  「‥‥そうだ、もらっとけ。」
  ひょいと口元を引き上げて、満足そうに彼は笑った。

  は銀色の何の変哲もない鍵を見て嬉しそうに笑う。
  合い鍵‥‥なんて渡されたのは初めてだ。
  そりゃ恋人が出来たのも初めてなんだから当然かもしれない。
  なんだか嬉しいけど、くすぐったいなぁなんて思いながらその鍵を無くさにようにと鞄に入れようとして、

  「そうだ。
  私の家も合い鍵作った方がいいですか?」

  彼が合い鍵をくれたのだから自分のも渡すべきだろうか、と思った。
  土方ほど家を開ける頻度はないから、彼が来るときは家にいるだろうが、それでももらったのだから是非なんらかの形で
  返したい。
  その提案に彼は顰め面になった。
  「良い。
  んなこと気にすんな。」
  「え?でも。」
  「良いっつってんだよ。」
  どうせ、と彼は言う。

  「おまえのマンションの鍵は‥‥そのうち必要無くなるんだからよ。」

  「‥‥‥‥‥‥え?」

  言葉には首を捻った。

  彼女のマンションの鍵が必要なくなる。
  それは一体どういうことだろう?
  どういう意味なのだろう?

  微かに目を見張るに、土方はふいと視線を逸らしたままだった。
  少し、気恥ずかしいと思っているのか、目元が微かに、赤く染まっている。
  どうしてそんな顔になるのだろうか?
  そんな事を思いながら、照れた珍しい横顔を見つめていると、彼は、ぶっきらぼうに言い放った。

  「そのうち、おまえが自分のマンションに帰る事はなくなる。」
  「どういう、事?」

  問い返すと鈍いなおまえ、と呻くように言われた。
  鈍いと相手を詰りながら、それで分かって貰おうなんて自分も随分と小ずるい事をしている気分になって、土方は一つ苦
  笑を漏らすと逸らしていた視線を戻して、をじっとまっすぐに見つめた。

  「俺と‥‥一緒に暮らさないか?」



  言葉もなく飛び込んできた華奢な身体を受け止め、抱きしめる。
  そうすると背中に回った手が、もう二度と離れたくないとでも言うかのようにきつく、きつくなる。
  応えるように背中を優しく強く抱き、柔らかな飴色にキスを落としながら「それで」と彼は少し焦れったいような気分で
  訊ねた。

  「答えは?」
  「‥‥‥‥暮らしたいっ!」

  泣き声交じりに聞こえる、強い言葉に、土方は心底愛おしむように彼女を見つめ、やがては美しい夜空へと視線を向けた。

  涙が出そうなくらいに‥‥嬉しかったからだ。


 星空の下で約束を。



  リクエスト『現代パラレル ラブラブ』

  合い鍵というなんとも萌えるシチュで書いてみました。
  恐らく土方さんは『合い鍵』を渡すのを最後の最後まで
  渋ると思うんですよね。
  ある意味堅実というか‥‥合い鍵渡して「はいさよなら」
  っていうのは出来なさそうなタイプ?
  だから慎重に、逃げられないような状況まで追い込んで、
  これと決めた人に渡すような感じがする。
  つか、どうしてこの人って合い鍵でこんなにきゅんと来る
  んだろう‥‥

  そんな感じで書かせていただきました♪
  リクエストありがとうございました!

  2011.1.10 三剣 蛍