沖田総司という男は、子供のような大人であった。

  とにかく物事は楽しいのが一番という快楽主義者。
  自分が楽しければ人に悪戯をする事など厭わない人間で、そのくせ、非常に飽きっぽい。
  興味がなくなればすぐに掌を返したように興味を無くしてしまうというとんでもない男である。

  しかし、感情表現はとにかく分かりにくい。
  特に恋愛感情は、分かりにくいにも程がある。
  他者から見れば分かりやすいのだが、当人‥‥千鶴にとっては分かりにくいものだった。

  意地が悪いことを言ったかと思うと、突然優しくなったり‥‥
  こっちが赤面するような事をさらりと言っては、人の反応を見て楽しんだり‥‥

  これは本当に好かれているのか、
  それともからかわれているだけなのか分からない。

  沖田総司という男は、
  非常に厄介な人間ではないのだろうかと、千鶴は思った。

  おまけに、

  「千鶴ちゃんは僕のこと、好きじゃないの?」

  彼は、よく、
  千鶴にそんな事を聞いてきた。

  ちょっとふて腐れたり、不安げな顔で、だけど面と向かって聞いてくるので千鶴は毎度、顔を真っ赤にするしかない。
  もともと初な少女なのだ。
  人を好きだという言葉さえ、容易に口に出来ないほどに。

  「‥‥そ、そんなこと、ないです。」
  顔を真っ赤にして、視線を落とせば、沖田は目を眇めて下から覗き込んできた。
  「じゃあ、どうして僕に好きって言ってくれないの?」
  「そ‥‥それは‥‥」
  好きならば、好き、とはっきり示すのが沖田という男だ。
  多少分かりにくい所はあるが、千鶴に対しての行動は全て、彼の愛情故に‥‥らしい。
  しかし、千鶴はというとそんな彼の反応にあたふたするばかり。
  好きという感情表現をするのは、いつだって沖田の方だ。
  「僕が好き?」
  と訊ねても、恥ずかしそうに視線を背けて頷くだけ。
  それはそれで可愛いけれど、たまには‥‥面と向かって「好き」と言って欲しいのが男心だ。

  「‥‥悲しいなぁ‥‥僕はこんなに千鶴ちゃんの事が好きなのに。」

  はぁ。
  と盛大に溜息をついて、沖田は仰々しく肩を落とす。
  それも全て千鶴に「好き」と言わせるための芝居だが、千鶴は気付かずあわあわと青ざめている。
  「そ、そんなことないですよ!」
  「じゃあ、僕のこと好きって言ってくれる?」
  その背に取り縋れば、くるりと振り向いた男は笑みを浮かべていた。
  途端近くなる距離に、千鶴は「う」と小さく呻き、その顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。

  ああ、いつまで経ってもこの子は慣れないんだなぁ‥‥

  とその初々しさに苦笑を漏らしながら、ねえと甘ったるい声を漏らせば、いつものように、
  「‥‥」
  千鶴は俯いてしまった。

  やはり、
  今日もだんまり、
  である。

  その様子を見て、沖田は苦笑を漏らした。

  「ごめん、苛めすぎたね。」
  ごめんと謝って、小さな頭をぽんぽんと撫でる。
  「もう意地悪言わないから‥‥」
  ほら、もういいよ、顔を上げてと言えば、千鶴の肩が小さく震えた。

  ああ、
  やはりあれは意地悪だったらしい。
  自分はまたからかわれたらしい。
  ああくやしい、くやしい。
  どうすればこの男に一泡噴かせてやれるのだろう。

  千鶴は茶色い地面を睨み付け、
  ふと、
  何かを思いついて、一気に顔を上げた。

  「?」

  こちらを見上げるその瞳に怒りの色。
  おやおや、これは怒らせてしまったらしい。
  しまった悪ふざけが過ぎただろうか。

  「あ、ごめんって‥‥別に僕苛めるつもりは‥‥」
  なかったんだよと苦笑を浮かべる沖田の胸ぐらを、千鶴は掴んだ。
  「わ?」
  そのままないなりにも力一杯引き寄せれば、沖田との距離が縮んだ。

  今、

  足りないちょっとの距離を、
  千鶴は己が背伸びをして埋める。

  ちぅ――

  「っ!?」

  沖田の目が丸く見開かれた。
  柔らかな感触が唇に触れている。
  目の前には瞳を閉じた、真っ赤な千鶴の顔。

  これは‥‥
  なに?

  触れる柔らかな感触がなんであるのか‥‥
  沖田は馬鹿みたいに回らない頭で考えた。

  「わ、私だって‥‥沖田さんのこと、す、好きですからっ!」

  ほどなくして、離れた少女は、
  真っ赤な顔でそう言ってのけると、ぱたぱたと逃げるように走り去っていく。


  足音が聞こえなくなると、ひゅうっと冷たい風が吹き抜けた。
  そこでようやく、沖田は呪縛から解かれ、
  「‥‥あー、もう‥‥」
  顔を覆って沖田は呻く。
  ああもう。

  彼女に負けず劣らずの真っ赤な顔のまま、男はやられたと呻いた。

  あれは反則だ。
  可愛すぎる。

  「狡いって‥‥」

  あんな事をされたら、
  あんな顔をされたら、

  また嵌ってしまうじゃないか。

  我ながら大変なものに惚れたものだと思う。

  いつもはからかえば真っ赤になるくせに、
  いつもは反論さえできないくせに、
  時折、あんな不意打ちを食らわされたら、
  深みに嵌ってしまうじゃないか。


  まったく。
  と沖田は一人ごちた。
  やがて、顔を覆っていた手を退けて、

  「‥‥あんまり可愛いから‥‥」

  良いことを思いついたとばかりに、その口元に笑みを湛えて、

  「襲っちゃお。」

  物騒な言葉を口にし、彼は走り去った少女の後を追いかけるのだ。


 羊の反撃、狼は本気になった



  リクエスト『総司と千鶴ちゃんの甘いお話』

  砂吐くくらいに‥‥と思ったのですが、ちょっと足りなく
  なりました(苦笑)
  甘いお話って難しい!
  なんか総司ってからかうくせに逆に反撃されると弱いと、
  思う。
  千鶴ちゃんに「好き」って言うけど「好き」っていざ言わ
  れると照れる、みたいな。
  お前ら中学生か!みたいな!!←

  そんな感じで書かせていただきました♪
  リクエストありがとうございました!

  2011.2.5 三剣 蛍