扉を開けた瞬間、男の裸が飛び込んできた。
  裸、とは言っても半身、勿論上だけで、寝ぼけた頭が一気に覚醒したのをは覚えている。
  そして覚醒した瞬間に、そういえば『ノック』もせずに開けたんだったかな、というのと、今がまだ朝早かったのだと言
  うことを思い出した。
  鬼の副長とかつて呼ばれていた男、土方歳三は目をまん丸く開いたまま固まってしまっている。
  因みに身に纏っていたのは寝間着だ。
  着替えていたところ、らしい。
  普段はきっちりと着込んでいる事があり、隙のない男の肌、なんぞというのを目の当たりにするのは‥‥実は初めてでは
  ない。
  昔はよく、寝起きの悪い上司を起こしに来て、着替えに遭遇などというのは日常茶飯事だったりした。というのに、
  は目を見開いたまま、数拍、固まる。
  その間、どういうわけか目だけはしっかりと彼の身体を凝視してしまっていた。

  やがてどこかで賑やかな笑い声‥‥あれは島田だろうか?‥‥その声が聞こえた瞬間、二人は同時に呪縛から解かれたか
  のようにびくりと一度身体を震わせた。身体が動いた。ついでに思考も。

  「は‥‥」

  その瞬間、の口からくしゃみの最初の文字が出た。
  勿論、くしゃみをしたかったわけではない。

  「‥‥は?」

  同じように緊縛から解かれた土方が怪訝そうに眉を寄せて問い返した。
  その前に、身体を隠せ、といつかのならば突っ込んだことだろう。が、彼女はその代わりに、叫んだ。

  「破廉恥ぃいいっ!!」

  ばたん。

  そんでもって扉を閉められる。
  残された土方は唖然とした表情で、閉じた扉を見つめること、数拍。
  今、自分の耳がおかしくなければ、こう聞こえた。

  『破廉恥』

  って――

  「そりゃ、俺の科白だろうが!!」

  かっと土方は一気に頭に血が登り、これはある種の怒りと共に羞恥のせいだろう‥‥慌てて扉に飛びかかった。
  しかし、扉の取っ手を引いた所で何故か開かない。
  がちゃがちゃと何度かやった所で、ふと、気付いて、

  「てめ、!何でそっちから引っ張ってやがる!」

  扉の前に彼女が立って、その扉が開かないように向こうから引っ張っているのだと分かった。

  「駄目です!破廉恥な土方さんは外に出て来ちゃ駄目です!」
  「破廉恥なのはどっちだ!そっちが勝手に入ってきたんだろうが!」
  「そうだけど、土方さんが悪いです!この、助平っ!」
  「すっ!?」

  助平と言われる筋合いはない。
  別に見せつけたわけでもなければ、何か彼女に悪さをしようとしたわけでもない。
  ただ、着替えをしていただけだ。それなのに何故そこまで言われなければいけないのだろう。

  「あーもう、お嫁にいけないー」

  嫁に行く気があったのかと思わず驚いてしまう言葉だが、それ以上に嫁には自分が貰うつもりだからその辺は気にする必
  要はない。むしろ別の男の所へなんぞくれてやるか。
  違う。大事なのはそこじゃない。
  いや、確かに大事ではあるけれど。
  っていうか、なんだそれは。
  別に全裸だったわけじゃない。半身が裸だったわけで、それ以上何かしたわけでもなくて、だから別に彼女が嫁に行けな
  いと嘆くこともないわけで、だから自分が以下略。

  「つか、おまえ昔はそんな事言わなかっただろうが!」
  人が着替えてる最中にずんずんと入ってきてた癖に、と反論すると、扉の向こうで声が上がった。

  「あの時とは違う!」
  「なにが!」
  同じだろうがと叫び返すと、違うもん!と泣きそうな声が返ってきた。

  「あの時と関係が違うもん!!」

  うっかり「違うもん」とかいう彼女らしくない言葉にときめいてしまった‥‥というのはこの際置いておこう。
  それより問題なのは彼女の「関係が違う」という言葉だ。
  あの時は、確かに上司と部下。それ以上でもそれ以下でもなかった。
  でも今は?

  と土方は‥‥

  自分が嫁に貰ってやると思うほどの仲。
  つまりは、
  恋仲。
  な、わけで。

  「‥‥だ、だから恥ずかしいんです‥‥」

  と消え入りそうな声で言った彼女に、土方は一瞬、また先ほどと同じように呆気に取られた。
  ここに彼女を良く知る人間、そう、永倉や藤堂あたりがいたら「別人か!?」と喚き散らす程、彼女はらしくない発言を
  した。
  恥ずかしい。
  恐らく今までならばそんな言葉を口にしなかっただろうし、そんな感情さえ持ち合わせていなかったかもしれない。
  でも、彼女は変わったのだ。
  彼のせいで。
  恥じらいを感じる『女』になったのだ。

  ――次の瞬間、

  「っ!?」

  扉が壊れるんじゃないかと思うくらいに強い力で引っ張られ、は堪えきれずに小さな悲鳴を上げながら身体をよろめ
  かせた。
  勿論、そのままべしゃっと無様に地面に倒れ込むことはなく、隙間から伸びた手に掴まれて、目にも留まらぬ早業で部屋
  へと引きずり込まれた。
  そうして、

  ばたん――

  先ほどと同じように硬い、扉の前に佇んでいた。
  しかしながら今度は先ほどとは違って、部屋の外、ではなく、中、で、

  「ぁっ‥‥」

  目の前には、部屋に閉じこめたはずの相手、土方がいる。
  しかも、

  「ちょ、な、なんでそのままの格好っ」

  彼は未だに着替えを済ませておらず、相変わらずその胸元が惜しげもなく晒された状態のままだ。
  は慌てて視線を逸らした。
  引き締まった胸板がとんでもなく色っぽくて、じっと凝視なんかしていたら頭がおかしくなってしまう。
  昔は感じなかった。
  いや、色っぽいとは思っていたが、見ているこっちが照れてしまう程の威力は無かったはずだ。
  これも、惚れた相手の身体なのだから当然なのだろうか。それはおかしいような気がする。

  一方の男は、恥ずかしがる女の様子を見て、にやにやと何故か嬉しそうに、同時に意地悪く、見つめている。

  「恥ずかしがらずに見てもいいんだぜ。」
  「だ、誰が見るか!変態なんですか!?」

  ぐいっと肩を押し返すけれど、びくともせず、そればかりか顎を捕らえられて強引にそちらを向かされた。

  「ひ、ひぇっ‥‥」
  顔を元の位置に戻されると否が応でも彼のすっきりした首から浮き出た鎖骨、それから胸板が飛び込んできて、は変
  な悲鳴を上げた。
  こちらが見られているわけでもないのに顔が真っ赤になる。初な子供かと自分の事を罵ってやりたい。

  「そういう顔をされると、なんだか変な気分になっちまうよな。」
  「‥‥な、なるな!変態ぃいい‥‥」
  「別に構わねえだろ?
  なんせ俺とおまえは恋仲なんだからな。」
  「こ、恋仲でも慎みは持つべきです!」
  「どの口が言うんだか‥‥」
  「と、とにかく離してくださぃいい!」
  「断る。」

  きっぱりと断られ、更にぐいと身体を寄せられる。
  目前に迫った色っぽい体躯にはもうこれ以上は耐えられん、とばかりに涙目だったそれをぎゅっと瞑った。

  「てめ、目を瞑るとはどういう了見だ。」
  「だだ、だって!土方さんのは目に毒っ!」
  「俺の身体はどんだけ危険なんだよ。」
  「色々危険です!」

  だから離して、とは言って見えないながらに手を振り回した。
  しかしついた所がどうやら彼の逞しい胸板だったようで、触れた瞬間に硬く筋肉が張りつめるのを感じて、ひぇえと    は情けない声を上げた。

  「なあ、。」
  「な、っなんですか!!」
  「目を瞑るって事は、口づけて欲しいって事か?」
  「ああああ、あほかあああああ!!」
  「この俺に対して、あほ、馬鹿言うのもおまえくらいなもんだが‥‥
  まあ、煩い口は塞いでおくか。」
  「ふ、塞ぐなぁぁ‥‥」

  唇にぬるりと熱い何かが触れた。
  目を閉じているせいでそれが何か分からないが、多分、彼の、舌。
  駄目、と口を開けばその隙に唇を合わされてなぞっていた舌が滑り込む。

  「ふ、ンッん!」

  そうして首の後ろに手を差し込まれて大きなその掌で後頭部を包まれると、もう、に逃れる術はない。

  隙間無く唇を合わせて強く舌を吸い上げれば、胸板についた指先に力がこもる。
  ちりと肌を引っ掻けば指先に硬い感触が返ってきた。彼の胸の中心だと気付く頃には、意識はとろとろに溶かされていた。


  「おまえも、見せろ。」
  「ゃ、だめ‥‥」

  繋がる銀糸を追いかけて唇の端に口づけを落としながら、くん、と胸元をしっかりと締めている紐を指先で引っ張られた。
  するすると長い指に解かれて、いつの間にかぱさりと床に紐が落下してしまう。
  そうすると今度はチョッキの釦に手を掛けられ、一つ一つ、殊更ゆっくりと外された。

  「だ、だめ、だめ‥‥」
  「駄目、じゃねえ。」
  「んっ」

  駄目としか言えない唇は塞いで、緩く食んで抵抗を奪いながら白い洋服の釦にまで手を伸ばす。
  駄目、と言えない変わりに舌先で突く。
  それを催促だを勘違いされ、吸い上げられた。腰が甘く痺れる。立っていられない。

  「ひ、じ‥‥あ‥‥」

  ぷつりと一つ、二つ、と外すと下から真っ白いサラシと、薄く色づいた肌が現れる。
  どうかんがえても俺よりももっと目に毒じゃねえか、と心の中で呟きながら三つ目の釦を外した所でもどかしくて下から
  手を差し込んだ。
  「ひわっ!」
  そうして、膨らみを覆っているサラシを強引に下に引き下ろすとふる、と柔らかそうな二つの丘がその下から現れて、

  「声、抑えろよ。」

  身勝手な科白を吐いて、寄せられる顔にはぎゅっと目を閉じた。


  「土方君、いいかな?」


  その時、土方にとっては無情な、にとっては天の助けとも取れる声が、扉の外から掛かる。
  一瞬の隙が出来た。
  瞬間、

  「っ!!」

  は悪いとは思ったが、男を思い切り突き飛ばして、

  「あ、おい!!」

  よろっとよろけながら扉を大きく開いた。
  すると目の前に立っていた大鳥が目をまん丸く見開くのが鮮明に見える。
  その驚いた顔もすぐに、

  「君っ!?」

  真っ赤に染まり、見てはいけないものを見たという風に視線が泳いだ。

  「大鳥さん!助けてっ!!」

  そんな彼には切羽詰まった声で助けを求め、彼を盾にするようにその華奢な身体を陸軍奉行とは思えない身体の後ろ
  に隠した。

  「おいこら!!」

  そして彼女を追って、大きく開かれた扉の向こうから飛び出してくる土方の姿に、
  なんとなく、
  大鳥は全てを察する。

  「てめぇ、他の男の後ろに隠れるってのはどういう了見だ!」
  「あ、あんな事しておいて誰があなたに頼るってんですか!馬鹿!破廉恥!!」
  「だから、破廉恥なのはおまえの方で‥‥」

  自分を間に挟んでぎゃあぎゃあと口論する二人に、大鳥はにこりと、それはもう場違いな笑みを浮かべてみせた。
  そういえば年上だったんだなこいつ、というのと、陸軍奉行は伊達じゃないのだな、と思わせるような、威圧感のある笑
  みで、

  「土方君?」

  静かに名を呼ぶ。
  ぎくっとその時に彼の肩が震えたのを、は確かに見た。
  まさかあの鬼の副長と言われた土方を、大鳥が怯えさせるなんて日が来るとは思わなかった。
  一体この人今どんな顔してるんだろうとその背中に隠れながらこっそりと様子を見守っていると、とりあえず、と大鳥は
  のんびりした口調で言った。

  「服、ちゃんと着替えたらどうかな?」

  廊下には気付けば人だかりが出来ていた。


  
人騒がせなあまい二人



  随想録の副長のあのお身体を見て、
  むらっとキて書きました!!