わ、と喧噪が聞こえる。
  次いで、木刀で打ち合う音。
  それはそんじょそこらの隊士が打ち合う音と違う。
  速さも音も‥‥相当の使い手の音。

  一人は沖田。
  は分かった。
  もう一人は‥‥誰だろう?

  彼女は足早に道場へと向かった。


  カン!!
  カンっ!
  打ち合う音が断続的に続く。
  遠巻きに、隊士達はそれを見ているが、それは好奇心よりも、不安の色が濃い。
  「おい、おまえら!この間やりあったばっかだろ!」
  原田が叫んだ。
  やめろと言うが、二人は聞こえていない。

  「新八さん。」
  ひょこと覗きこんだは、呆れた顔で見守る永倉の姿を見つけて呼びかけた。
  「あ、おお、。」
  「‥‥なんの騒ぎ?」
  問えば、あれだよと彼は顎で指し示した。
  無言で打ち合う男たちを。
  それは沖田の姿と‥‥見覚えのない男の姿。
  「誰?」
  「ああ、そうか。はまだ顔を合わせてなかったか。」
  昨日まで小用で出掛けていた彼女は初めて見る顔だった。

  細く鋭い目を持つ、あまり愛想のいいとは言えない男だ。
  沖田よりも小さいが‥‥しかし、打ち出す一撃一撃は、その小さな身体には似合わないくらいに重たく、速い。

  おそらく、彼は強い。

  「斎藤一‥‥って男だ。
  果たし合いで、相手の男を斬り殺しちまって、藩を抜けさせられたらしいぜ。」
  「へぇ。」
  は目を眇めた。
  人斬り‥‥自分と同じか。

  「‥‥おい、何の騒ぎだ。」
  どたどたと足音が聞こえ、振り返ればそこに土方の姿がある。
  彼は打ち合う二人を見て、顔を思いっきり顰めた。
  「あいつら‥‥またやってんのか。」
  「また?」
  どういう事と眉を寄せれば、永倉が苦笑で答えた。
  「ああ、ここに来てすぐに総司と打ち合わせたんだけどよ‥‥勝負が決まっても止めやしねぇんだ。」
  ああして何度も打ち合ってる。
  「危なくて、誰も近寄れねぇ。」
  取り押さえるのが三人がかりだったんだと言われて、はへぇ、と気のない返事をした。
  「どっちかが死ぬまでやめねえんじゃねえか?」
  「阿呆、その前に他の連中が巻き込まれるだろうが。」
  土方はがりがりと頭を掻いて、
  「頭がいてぇ‥‥」
  と呟いた。
  ちらりと見ればひどく疲れた顔をしている。
  多分二人の事だけじゃないんだろうが、あの二人も彼の悩みの種の一つであるのは確かだろう。
  なるほど。

  「おい、新八。
  ちょっとあいつら止めてこい。」
  と土方は永倉に言い、彼は仕方ねえなと腕をまくるが、

  「‥‥土方さん、刀借りますね。」

  は言って、地を蹴った。
  すらりと刀が抜かれる感覚だけを残して。

  「お、おい!?」
  は片手に土方の刀、兼定を、そしてもう片方の手で己の愛刀、久遠を引き抜いて、戦いの中へと飛び込んでいく。
  びりと触れれば切れそうな空気の中、
  飛び込んできた影に二人ははっと気付く。
  そうして同時に二人が打ち出す一撃を、
  「っ!?」
  避ける。
  二人が驚愕に目を見張る次の瞬間、懐には潜り込んだ。

  きらり、

  と刃が光る。

  そのどちらも、男の顔をぼんやりと映し出し‥‥
  そしてそのどちらもが、男の喉元に突きつけられていた。

  「‥‥」
  「っ!」

  斎藤は目を見張る。
  飛び込んできた人物の、その小さな身体を目の当たりにした。
  まだどこか幼さの残る、しかし、その瞳には不相応なくらいの殺気と‥‥平気で人を殺すくらいの覚悟を見た。

  すい、と琥珀の瞳は細められる。
  は二人を交互に睨んで、

  「迷惑なんだけど‥‥」

  低く、告げた。

  その細腕では少々重たいだろうに、彼女はそれぞれの手に刀を持ち、しかしその切っ先を揺らすことなくぴたりと止めていた。

  「これ以上騒ぐってんなら‥‥容赦しないよ。」

  ぐ。
  と、冷たい刃が喉に触れる。

  沖田と斎藤はと、そして対峙していた相手とを見て、やがて、

  「はいはい、分かったよ。」
  「‥‥」
  ため息と共に二人の距離が離れた。
  はその二人を完璧に距離を開けた事を確認すると、漸く刃を収め、すたすたと土方の元へと戻ってくる。
  その一部始終を見ていた一同は、ほっと安堵のため息を吐いた。
  「お見事。」
  ぱちぱちと永倉が拍手で彼女を迎える。
  はくるりと刀を回すと、土方に柄を差し出す。
  「無茶苦茶な奴だな。」
  受け取りながら、彼は苦笑を漏らした。
  あの中に単身で飛び込んでいくなんて、しかも‥‥抜き身の刀を持って、だ。
  「俺でも遠慮するな。」
  「土方さんが行ったら総司の獲物になるだけですよ。」
  彼の事だ。
  嬉々として斬りかかってくるだろうと言えば、彼は顔を嫌そうに歪めた。


  「‥‥」
  斎藤は木刀を壁に掛けながらふと振り返った。
  目を眇め、睨み付けるようにして見るのは沖田の姿ではない。
  ‥‥先ほど、自分たちの間に割ってきたその人の事だ。
  土方達と何やら話をしているその人は、自分より少し背丈が低い。
  それに手や肩幅も、少し‥‥いや、この中にいる誰よりも小さい。
  子供?
  斎藤は思った。

  「だよ。」
  声が掛かり、彼は視線を横へと流した。
  沖田だ。
  彼は壁に寄りかかり、にやにやと笑っていた。
  「せつな?」
  「あの子の名前。」
  ひょいと顎で差す。
  斎藤は指し示されもう一度彼女を見た。
  「土方さんの懐刀ってとこ。」
  「‥‥ほぅ‥‥」
  懐刀。
  そう呼ばれるだけの実力は今し方、見た。
  なるほど、と彼は納得する。

  身体は小さいが、その分速さがある。
  それを生かした隠密行動に長けた人間‥‥というわけか。

  「一度、手合わせ願いたい。」
  ぼそりと彼は呟く。
  言うと思ったと沖田は笑った。
  「止めた方がいいよ。」
  でも彼は首を振る。
  がどれほどに強いと分かっているが、だけど手を合わせるのは止めた方がいいと彼は思う。

  何故?
  斎藤は視線だけで問えば、彼はひょいと肩を竦めて、

  「僕に勝てないようじゃ、には勝てないから。」

  そんな言葉に、斎藤はもう一度木刀へと手を伸ばした。


  「土方さん、あいつら死なない程度に殴っていい?」


初・合わせ



斎藤と総司が手合わせしたという話を思い出して、書いてみました。
っていうか、斎藤は最後に新選組にやってきたんですよね(苦笑)
(それにならってちょっと本編弄りました)
多分あれです、しばらくの間毎日のように手を合わせて、それを
見たら、確実にこういう感じで止めにいくんだろうなと。
ちなみに、二人はその後思いっきりに拳骨されました(笑)