ハロウィンなんて聞き慣れない西洋の行事を聞いた近藤さんが、子供みたいに目をきらきらさせて「今日は俺たちもハロウィンをやってみよう」なんて言ったのがきっかけだった。
ちょっとしたおふざけのつもりだったんだと思う。
まあ、ハロウィンと言ってもそれはお化けの格好をしてあちこちを練り歩き、家々でお菓子をもらってくるとかいうものらしく、何が一体楽しいんだかと思ったものだけどそのお菓子を貰う前のやりとりが近藤さんは楽しそうに思えたらしい。
「トリックオアトリート」
それは向こうの言葉で、
『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』
ってはた迷惑なハロウィン独特の文句だと言う。
近藤さんは立派な大人だけど、結構童心を残している。
だからこそ、そういう子供らしい事が好きなんじゃないかな?
とは言ってもお化けの格好なんて皆が出来るほど新選組だって余裕があるわけじゃないから、代表して私が「魔女」という西洋のお化けに変身する事になったわけで、
ハロウィン2011
「んー、団子うまーい」
トリックオアトリートの言葉で差し出されたのは私が気に入っているさくらやの素団子。
甘いものがあまり得意じゃない私は、みたらしやら餡が掛かっているものではなく、何も掛かっていない団子だけの串を好んで食べていた。
それじゃあただの餅じゃん、とは言うなかれ。
これでも一応味はついているんだ。ちょっと甘めの。
「このちょっと焦げて香ばしいのがたまんないよなー。やっぱり団子は素団子に限る!」
うまい、ともう一度言って団子をぱくりと頬張る。
それを口の中で咀嚼して、ごくんと飲み込み、最後にもう一度うまいと感想を述べた。
あっという間にぺろりと二本の団子を食べてしまって、ちょっと満足・満腹になる私は平和そうな庭をぼんやりと串を咥えたまま見つめながら「っていうかさ」と少しだけ落とした声の調子で呟く。
「私さっきから独り言が激しい可哀想なヤツになっちゃってんだけど、そろそろなんか話してくんないかな、一君」
ねえ、と話題を振るのは私の隣。
実は冒頭からずーっと横に、空気みたいに存在感をなくして鎮座しているヤツがいるんだよね。
とは言っても、こんな明るい昼間では黒ずくめでは逆に目立つし、ぴりっと張りつめたような緊張感をその身体から迸らせているのでは存在感なんて到底無くせるものではない。むしろ存在感大ありだ。
「‥‥俺の事は構うな」
「いないものとして扱ってほしいならせめてその殺気というか、緊張感はどうにかしろ」
「‥‥」
「それと、いい加減観念してこっちを見ろ」
ちろっと視線を向ければ私と同じく庭に身体を向けているのに顔だけが不自然に横を向いている。私の問いの通り、顔は勿論逆向きの、誰もいない空間の方だ。
この部屋にお菓子を貰いに来てからずーっと、そう。
一は私の方を一切見てくれない。会話も全然違う方を向いて、だ。
「あのさ、そういう反応されると私も結構傷つくぞ」
多分、私が魔女なんて格好をしているせいなのは分かっている。
一にとってはこんな露出の高い服装を女の子がしているのは「けしからん」事態だとは思うけど、だからといってまるっきり見てくれないってのもどうよ。
なんか‥‥見るに耐えないって言われてるみたいでさ。
「私、そんな似合わない?」
そりゃまあ普段男装してる私が突然こんな格好をしたら戸惑うのも分かるけど、もうちょっと見てくれてもいいんじゃない? そりゃ新八さんみたいに助平な見方は嫌だけどさ。
「そういう、わけでは‥‥」
私が落ち込んだみたいな声を漏らしたからだろう。一はしどろもどろと言う風に呟き、ずっと横を向いていたそれを気持ちこちらへと戻す。
「じゃあ、なんでこっち見ないんだよ」
見るに耐えないというんじゃなければどうしてだと拗ねたような声を出したのは、作戦だ。こうでもすれば罪悪感故にこの男がこちらを見てくれると踏んでの事。
すると一は私の読み通りに「う」と小さく呻き、逡巡の後、ぎぎぎと動きの悪い戸板みたいなぎこちない動きでこちらへと顔を戻してきて、
「そ、その、あんたが‥‥その」
その、あの、とごにょごにょと言い淀みながら視線を膝の上に落とした。
まあ真横を見ていた時から比べれば随分と譲歩しているとは言え、まだまだだ。
「私が‥‥なに?」
「あ、あんたが‥‥その」
「その?」
「‥‥その‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
――ああ、焦れったい。
「言いたい事があるならはっきり言え!」
短気ではないつもりだけど、これ以上根気よく待つ事も出来なくて、私は身を乗り出して一の頭をがしっと掴むと強引にこちらへと向けさせて男らしくそう言い放った。
無理矢理こちらを向けさせた時にぐきり、なんていやーな音が聞こえた気がしたけれど、聞こえない事にする。
漸くこちらを見たというか、向かされた一はぎょっとしたように瞳を大きく見開いて‥‥こいつって本当はこんなに目がでかかったんだなと新しい発見をしていると、ちくちくとその見開いた瞳による視線が身体に刺さった。
しかもその刺さるのはある一点で、え、なに、どこと感覚を頼りに探れば一の視線は私の、
え? 胸?
剣一筋、くそ真面目な三番組組長もやっぱり女の子の胸とやらに興味があるのか?
っていうか、新八さん並の凝視?
睨み付けてんじゃねえのか、こいつってくらいの痛いくらいの視線は、見たいのか見たくないのか、興味があるのかないのか、どっちなんだと突っ込みたくなるような真剣且つ怖い眼差しで、
「‥‥えい」
本当に胸を見ているのか、確かめたくて両手で胸を寄せてみせる。
こんな事をしたら絶対「はしたない!」と怒られると思っていたんだけど、
ぶっ、という聞き慣れない音が聞こえただけで怒鳴り声は聞こえず、
「あ、あれ?」
「斎藤! しっかりしろ! なんだって‥‥こんな血が出てやがんだ?」
「‥‥え、ええと、それは」
「、おまえ何か知ってるか?」
「その、多分、私のせいかと」
「私のせい‥‥って、てめえ斎藤に何をしやがったんだ?」
「なにを‥‥と言われると一には何もしてないんですが」
「ああ?」
「‥‥‥こういうことを‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
ゴッ!!
※土方さんに代わりに拳骨戴きました!!
2011.10.30 蛍
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