ハロウィンなんて聞き慣れない西洋の行事を聞いた近藤さんが、子供みたいに目をきらきらさせて「今日は俺たちもハロウィンをやってみよう」なんて言ったのがきっかけだった。
ちょっとしたおふざけのつもりだったんだと思う。
まあ、ハロウィンと言ってもそれはお化けの格好をしてあちこちを練り歩き、家々でお菓子をもらってくるとかいうものらしく、何が一体楽しいんだかと思ったものだけどそのお菓子を貰う前のやりとりが近藤さんは楽しそうに思えたらしい。
「トリックオアトリート」
それは向こうの言葉で、
『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』
ってはた迷惑なハロウィン独特の文句だと言う。
近藤さんは立派な大人だけど、結構童心を残している。
だからこそ、そういう子供らしい事が好きなんじゃないかな?
とは言ってもお化けの格好なんて皆が出来るほど新選組だって余裕があるわけじゃないから、代表して私が「魔女」という西洋のお化けに変身する事になったわけで、



ハロウィン2011



「トリックオアトリー‥‥」
「はい」
皆まで言わせてくれず、差し出される金平糖。
ふわんと香る甘いそれと、満面の笑みに少々気圧されつつ、私はありがとうと返しながら総司の手から金平糖を受け取った。
意外だ。まさか総司がお菓子を用意してくれているとは思わなかった。
いや、甘いもの好きのこいつの事だから部屋のどこかには甘いものがあるとは踏んでいたけれど、
「悪戯なんて僕に出来るものならばやってみれば?」
とかひねくれ者のこいつならば言うに決まってると思っていただけに、こう素直に差し出されると思わなくてちょっぴ拍子抜け。
しかも好物の金平糖を、差し出すなんて。
「‥‥もしかして、これは悪戯の一種!?」
「悪戯? なんのこと?」
小首を傾げるなんて、どこか幼い動作にさえも何らかの意図を感じてしまう私は相当捻くれてしまったんだろうか。
いやだってほら、相手はあのかの有名な沖田総司さんですし!!
食べないの?」
「え? いや、ちょっと慎重に、だな」
「それじゃ食べさせてあげようか?」
「いえ! 有り難くいただきます!!」
食べさせるなんて恐ろしい一言に私は慌てて一粒摘んで口の中に放り込む。
まさか私を殺そうとはしないだろう。そこまで恨まれた覚えはない。あっても強烈な味がするか若しくはお腹を壊すくらいだろうから、と覚悟を決めてがりと歯でかみ砕くとこれまた意外な事に普通に金平糖は甘く、美味しい。
「美味しい」
「良かった」
「でも、いいの? 金平糖なんて高いだろうし‥‥好きだろ? おまえ」
私が貰ってもいいのだろうかと訊ねると、彼は柔らかく笑ってこくりと頷いて言った。
「うん、が喜んでくれるなら」
‥‥まさかの心理攻撃。
恥ずかしい言葉で人を悶絶させる、なんていう罠を仕掛けられたのは初めて。
やっぱり侮れないなぁと一人心の中で呟きつつ、照れて紅くなる顔を見られまいとそっぽを向きながら甘ったるい金平糖をもう一粒がり、とかみ砕く。
「それにしても‥‥すごい格好だね」
そんな私に気付いているのかいないのか、珍しくそれについてはからかう事はせず私の格好を見て彼は呟くもんだから、私は話題転換に感謝しつつ「そう?」と首を捻って格好何ぞを決めてみた。
「似合わない?」
「似合ってると思うけど‥‥」
「けど?」
「うん‥‥なんか、も女の子だったんだなって」
「失礼な。っていうか、胸を凝視しない!」
遠慮無くじーっと無防備な胸元をじっと見つめられて、えいと頭を殴る。
新八さんみたく鼻息荒く、とかじゃない分まだいやらしくはないけどだからといってそう堂々と見られても私の方が困ってしまうというもの。
「えー、だってそれだけ堂々と見せてるんだから、少しくらい良いじゃない」
「良くありません。見られるこっちの気分にもなれ」
「だって普段見れないからさ」
こう言うときに堪能させてもらわないと、とかわけの分からない事を言いながら総司は私の格好を、また上から下までじーっと見る。
だから私は身を乗り出して「えい」と総司の目を手で覆ってやった。
「何するの、。これじゃ見えないよ」
「見なくてよろしい」
「折角の機会なのに」
不満げな言葉を洩らすけれど総司はいとも簡単に振りほどけるはずの私の手を振りほどく事はしない。
ただ、この戯れを楽しむみたいにくすくすと笑いながら、見えないはずの私の方へと手を伸ばし、その大きな手で私の身体の稜線をゆったりと撫でる。
「ちょっとその触り方やらしいぞ」
「そう? 僕はただ撫でてるだけなんだけど」
「嘘吐け、じゃあ、なんで手が段々上に上がってくるんだよ」
「見えないから仕方ないよ」
何が仕方ないんだと突っ込みたくなる言葉と共に、手がするりと前へと周り、迷うことなく私の胸に触れてきた。
この、助平野郎。
まるっきりそのつもりじゃないか。
「総司」
やめろと今度こそ、その手をぺしりと叩こうと手を離せば、好機とばかりに総司は私の身体を両手で掬い上げて自分の膝の上へと引き寄せ、ちゅ、と寄せた露わになった胸元に口付けを落とす。
「こ、こらっ!」
誰がそこまで許したか。いやそもそも許してすらいないし、こいつは許可も取ったりなんかしない我が儘男だけど、それはちょっとやりすぎだと私が身を捩れば、
「いいじゃない。別に」
とこれまた勝手な言葉を吐き出す始末だ。
何が良いのかと睨み付けると、そいつは上目に私を見遣って、

「どのみち、お菓子じゃなく悪戯させてもらうつもりだったし」

まるでハロウィンなんて関係ねえって勝手な発言に、私は怒ればいいのか呆れれば良いのか。
いや多分‥‥逃げた方が良かったんだろうな。




逆に悪戯しない総司も見てみたい気がするけど
多分悪戯するに決まってる☆

2011.10.30 蛍