ハロウィンなんて聞き慣れない西洋の行事を聞いた近藤さんが、子供みたいに目をきらきらさせて「今日は俺たちもハロウィンをやってみよう」なんて言ったのがきっかけだった。
ちょっとしたおふざけのつもりだったんだと思う。
まあ、ハロウィンと言ってもそれはお化けの格好をしてあちこちを練り歩き、家々でお菓子をもらってくるとかいうものらしく、何が一体楽しいんだかと思ったものだけどそのお菓子を貰う前のやりとりが近藤さんは楽しそうに思えたらしい。
「トリックオアトリート」
それは向こうの言葉で、
『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』
ってはた迷惑なハロウィン独特の文句だと言う。
近藤さんは立派な大人だけど、結構童心を残している。
だからこそ、そういう子供らしい事が好きなんじゃないかな?
とは言ってもお化けの格好なんて皆が出来るほど新選組だって余裕があるわけじゃないから、代表して私が「魔女」という西洋のお化けに変身する事になったわけで、
ハロウィン2011
「トリックオアトリート!」
「しっかし、何度見てもとんでもねえ格好だな」
杖を突きつけながら奇妙な格好を取りつつハロウィンの常套句を口にすると、こういう場で乗れないと言うか乗らないというか「くだらねえ」の一言で一蹴しそうな鬼副長様は予想とは違って見当違いな言葉を吐き出す。
私が欲しかったのは「お菓子」か「悪戯」かを選ぶ行動であって、私の格好云々ではない。
まあ、彼が言いたい事も分かるけど。
「恥ずかしくねえのか?」
「もう慣れました」
私が身に付けているドレスという服は、布を身体に巻き付けているだけ‥‥みたいな心許ないもので、胸から下そして膝上から上の部分しか覆っていない状況の「それは女としてどうなんだ?」というものだけど、恥ずかしがるのもなんだか馬鹿馬鹿しくなってきたので開き直る事にしている。
とは言っても無遠慮に胸を見る新八さんは殴り飛ばしておいたけどね。
因みに土方さんは私の格好を見て「とんでもねえ格好」とか言って眉間に皺を寄せているけれど、視線を外すでもない。勿論新八さんみたいに露骨に胸、とか脚、とかじゃないけど、さりげなく私の格好は堪能しているみたいだ。
それでもいやらしいと感じないのはやはり色男でならしたせいか、それとも顔のせいか。
「で、トリックオアトリート」
どっち? と私が聞くと彼は苦笑を漏らしながら懐から包みを取りだし、私の方に放り投げる。
寄越されたのは動物を模した飴細工。確か‥‥こういうのを四条の店で見かけたような気が。
「土方さんって、こう言うところまめですよね」
なるほど女の人にもてるには顔だけではないって事かと妙に納得したように呟くと、土方さんはなんだそれと眉をひょいと寄せて笑った。
「だってわざわざ買ってきてくれたんでしょ?」
ハロウィンの行事は事前に知らされていたとはいえこうしてお菓子を買って来てくれるのは、土方さんか左之さんくらいだろう。
別に相手は私なんだから気合い入れて臨まなくてもいいだろうに、
「下手なもん渡して、気に食わねえから悪戯させろって言われちゃ敵わねえからな」
「なるほど、そっちの心配ですか‥‥って、私もらい物にケチなんかつけませんよ」
そこまで図々しくはないはずだ、と続ければ、土方さんはそうかもなと曖昧に応えて湯飲みのお茶を啜る。
一口こくりと嚥下すると、ゆっくりと下ろす湯飲みの残りはもう随分と少なくなっていた。元々お茶をそれほど飲む人じゃないけど今日は仕事禁止という事で近藤さんに紙と筆とを没収されているので彼もちょっと手持ち無沙汰なんだろう。
「なんなら、一緒にこれからみんなのとこ回ります?」
「いや、遠慮しておく」
「ですよねー。総司ん所に行ったら何されるかですもんね」
それこそ「こんなお菓子で満足できません」とか言ってお菓子も貰いつつ悪戯‥‥とかあり得そうだし。
私も総司の所に行くときは気を付けないと、
「トリックオアトリート」
なんてぼんやりと考えていると、そんな言葉が飛んできて、私は思わず「は?」なんて間抜けな声を上げてしまった。
誰が、なんてのは勿論この部屋には私と彼だけしかいなくて、私が言ってないんだから彼が言ったに決まってるんだけど、でもまさか彼にそんな事を言われるとは思わない。
だって、相手は土方さんだからだ。
そりゃハロウィンだし彼だってそれを言う権利はあるんだろうけどでもさっきも言ったようにこういう事は「下らない」と一蹴するだろうと思っていたからまさか参加するとは思っていない。参加しないと安心していたからこそ、私は不用心にここに来たわけで‥‥
「えっと‥‥」
「ねえのか?」
「‥‥これしか」
私が持っているのは土方さんからもらった飴一つで、それを突き返すなんて真似は出来ないしそんな事で許して貰えるわけもない。
つまりはお菓子を持っていないというわけでそうなると結論は悪戯を受けねばならないというわけだ。
「‥‥悪戯、するんですか?」
思わずさぁっと青ざめて訊ねれば、土方さんは私を見てぷっと噴き出した。
そんなに私は笑える顔をしていたんだろうか? 彼は軽く肩を揺らして小さく笑った後、
「冗談だ、安心しろ」
と言って私の頭をくしゃっと撫でるだけに収める。
「俺は総司みてえに人を貶めて喜ぶ趣味はねえからよ」
悪戯とはまるで違うあまりに優しい手つきでくしゃくしゃと頭を撫で、離す。
まあお陰で髪の毛は若干乱れたけれど、そんな事よりも温もりが離れるのがなんだか惜しくて、思わず不満げに眉根を寄せると彼は意地悪く目を細めてこう言ってきた。
「なんだ? やっぱり悪戯して欲しかったのか?」
含みのある言葉は私たちが想い合っているからこそでてくる言葉なのだろう。
そして、私がその意図に気付いて「誰が」と反論すると知っているからでる言葉、なんだろうけれど、
今だけは裏を掻いてみる。
「してくださいって、言ったら?」
驚いたようにまぁるく見開かれた瞳が、徐々に細められるのを私はじっと見つめていた。
恐らく何よりも質の悪い悪戯になっただろうその一言に、その人はしてやられたのが悔しいのか、ちょっとだけ憮然とした面持ちで腕を組み、私にぽそりと訊ねてくる。
「そいつぁ‥‥どんな悪戯でも、いいんだよな」
どんなってどんな事すんだよと突っ込みたかったけれど、珍しく照れたような彼が可愛くて‥‥私は自分が仕掛けた事なのにしてやられたような気分でこくりと頷くしかない。
たまにこんな風にテンパる土方さんが見たい(笑)
2011.10.30 蛍
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