「平助―、新八さんと左之さんに今日の巡察入れ替わってくれって伝えて来てくんない?」
  今日も変わらず、てきぱきとした無駄のない動きで右へ左へと忙しく駆けずり回る副長助勤の姿がある。
  泣く子も黙る鬼の副長の懐刀。
  表立って新選組助勤と名乗らないという副長助勤のもっぱらの仕事は情報収集と、暗殺。
  とても人を殺せるとは思えない華奢な身体つきをしているが、それは女である性別故仕方のない事だと山崎は知っている。
  そして女だと思えぬほど彼女が強いと言う事も。
  昨夜だって十二人の浪士をあっという間に地獄へ送り返してきて、けろりとした顔で戻ってきた。彼女にとってはその辺
  にお使いにでも行ってきた、程度なのだろう。末恐ろしいものだ。
  そんな副長助勤を山崎は尊敬している。
  何故なら彼女は土方同様、武士、だからだ。
  彼女ほど強く、聡明で、真っ直ぐな人はいない。
  だからこそ彼女は土方に信頼され重宝されている。少し羨ましいなと思わない事もないが、妬ましいとは思わない。
  ただ、

  「総司、今日はおまえが稽古を付ける番なんだから一に任してないで、たまには道場に顔出してこい」
  「いやだよ、つまらないもん」
  「ふーん‥‥じゃあ、近藤さんに貰った金平糖は私一人で食べる事にするかな」
  「‥‥、それは脅迫って言うんだよ?」
  「脅迫でおまえが隊務をこなしてくれるなら私は喜んで罪人になってやろう」
  「はいはい」
  は重たい腰を上げる沖田をあしらい、それから、そうだ、と思い出したように振り返って、
  「山崎さん、申し訳ないですが後で副長室に来てもらえませんか?」
  その丁寧な物言いに、山崎の眉間に思わず皺が寄った。

  「何故、あなたは俺にそんな態度を取るんですか?」

  静かな問いかけに、は思わずという風に目を丸くする。
  「あ、私、何か失礼な事しちゃいました?」
  は、自分はあまり行儀が良いとは思っていない。
  言葉遣いだって態度だって、女の子らしいとは思っていないし、礼儀正しいとも思っていない。
  だからこの態度を良く思わない人間がいるだろうとは思っていた。
  出来るだけ不快に思わせないようにと気遣っていたのだが、まさかこんな身近に不満を抱えている人がいたなんて。
  申し訳なさそうな顔になる彼女に、山崎は慌てて首を振る。
  「いえ、失礼なんてとんでもないです」
  言葉が足りなかった。あれではがそう誤解しても仕方のない事。
  山崎が言いたい事はそれとは反対の事だったのだ。
  「何故、俺にだけそんな丁寧な言葉を使われるんですか?」
  は困惑した。
  丁寧な言葉遣いを咎められると思わなかった。というか、それほど丁寧でもないのだが。
  もしかすると嫌味に感じさせてしまったのだろうか?
  「あなたは、副長助勤です」
  一人で考え込んでいると、山崎が教えてくれる。
  「そして、俺は、一隊士です」
  幹部ですらない、と彼は言う。
  確かに、監察方に所属している彼はと同じ幹部ではない。
  直接のではないが、上役にあたる存在だ。平隊士から見れば幹部は、尊敬すべき対象でもある。
  おまけに副長助勤で、総長である山南よりも位が上というであれば‥‥雲の上の存在、とまではいかないが、決して
  気安い存在ではない。
  そんな彼女に、それほど丁寧な言葉を投げかけられるわけにはいかないのだ。
  「でも、山崎さんは私よりも年上ですし」
  言った尻からまた、はその喋り口調で、山崎の眉間にまた皺が寄る。
  彼女の言うとおり山崎はよりも年上だ。正確には彼女の年齢は分からないけれど、恐らく彼の方が上だろう。
  だから年上を敬わなければいけないと言う事で、は彼には丁寧に話しかけるのを努めているらしい。
  「それじゃあ、僕や一君や、平助はどうなるの?」
  と横から口を挟んだのは沖田だった。
  面白そうだったのでそこに留まっていたらしい。
  いたの? と言いたげな視線をに向けられ、
  「君より、僕たちは年上だと思うけど?」
  彼はくすくすと笑いを漏らしながら呟く。
  言ったものの、彼女に「沖田さん」と呼ばれたり丁寧な物言いをされたら寒気が走りそうだ。
  なんだか他人行儀で。
  と、そんな事を思い、ああ、なるほど、と沖田は口の中で零し、横やりを入れられて些か不機嫌になる山崎へと視線を向
  ける。
  「山崎君は、に僕たちと同じように接してほしいってことなんだね?」
  「いや、俺はただ‥‥」
  自分よりも偉い人間に丁寧な物言いをされるのは間違っていると言うか‥‥
  そう口の中で零す彼に、沖田はとびきり純粋な笑みを浮かべて意地悪く、こう告げる。

  「素直に、仲間はずれが寂しいって言えばいいのに」


  は、この日初めて、山崎がそんな間抜けな顔をするのを見た。

  「ち、ちがいますちがいます!!」

  変な沈黙の後、山崎は慌てたように口を開き、手を振り回して身体全部で否定を表す。
  それは誰が見ても図星と言える分かりやすいもので、沖田の笑みは更に深くなった。
  「別に隠さなくてもいいじゃない。悪い事じゃないんだし」
  「お、沖田さん! 変な事を仰らないで下さい!!」
  「うん? 僕は変な事なんか言ってないよ? でも、びっくりしたよね。山崎君もそんな風に寂しいって思う事あるんだ?」
  「ち、違います!! 俺はただっ」
  そ、とその肩をが叩く。
  振り返れば自分をじっと、がこちらを見つめていて‥‥

  「やめてください! そんな可哀想な目で俺を見るのはっ!」


 愚直な男の素直な感情



  リクエスト『山崎さんとのほのぼの話』

  山崎さんメインでほのぼの話、です。
  彼が微妙にの態度にやきもきしていれば面白いな
  と思って書かせていただきました。
  表向きは「自分が部下だから」でも、内心余所余所しさ
  を気にしていた‥‥という。
  ほらなんだかんだ言って新選組ってアットホームが売り
  だから(笑)
  しかし彼は書けば書くほど弄られ要員だなと思います。

  そんな感じで書かせていただきました♪
  リクエストありがとうございました!

  2011.6.26 三剣 蛍