私には腐れ縁の悪友がいる。
  名前は沖田総司。
  こいつがどうしようもない‥‥男だったりするのだ。

  いっつもヘラヘラしてて物事に刹那的で快楽主義。
  楽しい事が大好きで、それ以外はどうでもいいから、いい加減。
  自分の事にさえ無頓着で、放っておいたら食事もまともに取らないような駄目男だ。
  そのまま放置しておくと恐らく当人でさえ餓死している事にさえ気付かないんだろうな。

  という事で、私は悪友として、毎週金曜日、こいつの様子を見に来ているという状況だ。

  「これはどういう事だ?」

  いつものように合い鍵で入って、私は怪訝に声を漏らした。
  玄関からリビングまで、服が脱ぎ散らかされていた。
  どうやら一枚ずつ服を脱いでいったみたいで、一体何事かと私は一枚一枚を回収しつつリビングに向かって、
  「‥‥‥」
  思わず入るのを躊躇う。
  先客がいた。
  女の子だった。
  しかも、下着姿の。
  因みにその横には総司がいて‥‥一方の彼は素っ裸だった。
  何があったか、というのは聞かなくても分かる。
  間の悪い所に来た。
  悪友として思い浮かんだのはその言葉で、慌てて回れ右をするのだけどそれよりも総司が私に気付いたのが先。
  「あ、
  あ、、じゃない。
  普通ここは気付かない振りをする所だろうが。
  おまえが呼ぶから、ほら、女の子がすごい目で私を見たじゃないか。
  いやもう、お邪魔なのは分かってるんで、退散するのでどうぞ遠慮無く‥‥
  「‥‥ねえ、早く、終わったんだからとっとと出てって」
  そそくさと逃げようとする私の耳に飛び込んでくるのはそんな冷たい一言だ。
  私に向かって出ていけというのではなく、今し方ナニをしていた彼女に対して。
  そんな言葉に彼女が怒るのは当然の事。
  ぱしん!
  と固い音を立てて総司の頬を張ると、彼女は泣きながら飛び出していってしまった。

  「なにも、殴る事ないのに」
  ばたんと扉が閉じるまでを見送り、いたた、と呻きながら頬を押さえる総司を、私は睨む。
  「殴るに決まってるだろ。おまえ、酷すぎ」
  あんな言い方はないぞ、と言いながら私は持っていた脱ぎ散らかした服を彼に放り投げた。
  いつまでも裸でいられても困る。
  とりあえず服を着ろと促せば、はぁいとやる気のない返事があって、のっそりと総司は下着に手を伸ばしてこれまたゆっ
  くりと、隠しもせずに身につけ始めた。
  なんというか、居たたまれないというか、見てはいけない気がして背中を向け、私はさっきのと、口を開く。
  「ちゃんと彼女に謝っておけよ」
  「なんで?」
  「なんで、じゃないだろ。彼女にあんな酷い事言うか、普通?」
  「彼女じゃないし、あれ」
  しれっと総司は言う。
  「ただ、えっちしたいって言うからしてあげただけ」
  「はぁ? なんだそれ」
  してあげた、ってこいつ何様なんだろう。俺様か‥‥
  呆れたと言う風に振り返る頃には総司はちゃんと着替えを済ませていて、皺になった上着を気怠そうに羽織りながらふあ
  あとやる気のない欠伸で続けた。
  「突然人の家に押し掛けて、やるだけやって散らかして帰ったのはあっちの方だよ。言うなれば僕の方が被害者」
  「そんなすっきりしたような顔で被害者とか言っても説得力無い。この快楽主義者め」
  「そりゃまあ、堪ってた鬱憤は晴らせたけど‥‥だからといって満たされてもいないんだけどね」
  意味深な一言をさらりと零し、彼はキッチンの方へと消えていく。
  かたん、と物音がして、小さく「あ」と声が聞こえ、すぐに総司はペットボトルを手に戻ってきた。
  戻ってきた総司は何やら手をじっと見ていて、突然こんな事を言いだした。
  「ねえ、。爪切ってくれない?」
  そんなのてめえでやれ、という言葉は‥‥勿論聞き入れてくれなかった。


  カーペットの上に二人向かい合って座りながら、私は大の男の爪を切っている。
  どれだけ無精なんだと思わせる長くなった爪。
  それをぺちぺちと切りながら私は心の中で呟く。
  「おまえは私の子供か‥‥でしょ?」
  思った事を見事に言い当てられ、私は盛大にため息を吐いてみせた。
  本来ならそんな風に思われて恥ずかしいと己を省みるものだけど、この男に関してはそんな常識通用しないらしい。
  「子供じゃないよ。立派な男だよ」
  にこにこと笑顔で言う総司に私はもう一度溜息。
  「普通、立派な大人っていうとこじゃないですかねー」
  「そうかな? でも、立派な男だからね」
  「どこがご立派なんだか」
  立派な男は人に爪なんか切って貰わないし、部屋だってもう少し片づけてるし、餓死寸前になったりしない。
  「ん? 立派な男だってとこ、見たい?」
  「別に良い。ほら、終わった」
  なんとなく嫌な予感がしたので遠慮しておく。
  総司は私が手を離すと短くなった爪を見て「おお」と小さく声を上げた。
  「やっぱり、に爪切って貰うと良いね。すっきりする」
  「そりゃあんだけ伸び放題だったのを短くすりゃ、誰が切ってもすっきりするだろ」
  寧ろ切ってるこっちがすっきりだ。
  言いながらティッシュに切り捨てられた爪を集め、くるくると丸めてゴミ箱へシュート。
  短くなったのがそんなに嬉しいのか、総司はうんうんと満足げに何度も自分の手を見ながら頷いている。
  「これで、爪を立てても怪我させる事はないね」
  なるほど、私は他の女の子を傷つけない為の処理をさせられたって事ですね、ああそうですか。
  別に総司が誰とナニをしようが構わないんですけど、なんかそんな利用のされ方が癪。
  彼女がいるんなら彼女に面倒を見て貰えばいいのに、私じゃなく。
  つか、なんで私彼女でもないのにこいつの面倒見なくちゃいけないわけ?
  しかも、こいつに振り回されてまで。
  今日だって予定蹴ってまでここに来たのに‥‥あ、考えたらすごいむかついてきた。
  よし今から千に電話して、私もボーリング混ぜてもらおう。そうしよう。
  「って、あの、総司さん?」
  そう思い立って、カバンをがさごそと漁ろうとした私は、何故か総司を見上げる形になっていた。
  気付けば私の背中は柔らかいカーペットについていて‥‥総司は私の上に覆い被さっている。コレは俗に言う押し倒され
  ている状況だ。
  何故こんな状況に。
  「って、こらー!!」
  なんて考えていたら、ぷつっとブラウスのボタンを上から外されて、私は流石に慌てる。
  「ちょっと待て! 何の流れだ!」
  なんで爪切りの後に、押し倒しーの、服を脱がせーのという流れになる!?
  もしかしてあれ、総司の中じゃまだそういうモードなのか。でも、残念ながら私は違う。断じて!
  「だって、折角爪を切ってもらった事だし」
  「な、なにが折角なのか分からんわ!!」
  「伸びて傷つけちゃう前にしとかないとでしょ?」
  「するって、なにを‥‥って、ぎゃああああ! どこに手ぇ掛けてんだ!!」
  私はその気皆無なのに、気付けばするすると総司の手にボタンを外され、ズボンに手を掛けられ、私は悲鳴を上げる。
  本当に止めてくれ。
  こんな事、馬鹿げてる。
  まだ、やりたりないならさっきの子で良いじゃないか。
  なんで私にこんな事するんだよ。
  こんなのって無い。
  総司が駄目な男だって知ってたけど、酷い男だとは思わなかった。
  こんなの、こんなの‥‥やだ。

  じわりと込み上げた熱いものに、喉がひくりと震えた。
  瞬間、総司の手が止まって、チャンスとばかりに私は彼を蹴り上げて腕から逃れる。
  そのままばたばたと玄関まで走って、逃げれば、二度とこの部屋には来る事もなかっただろう。
  これで腐れ縁は切れた。
  ぶっつりと。
  肩の荷が下りたと思うと同時に、なんだか寂しくなる気がした。
  大変だ、嫌だって思っても、やっぱりこいつとはなんだかんだ腐った縁でもいいから繋がっていたいな‥‥なんて思って
  しまったから、私の足はリビングを出るところで止まって、

  「じゃあ、どうしたら、は僕の事を男だって見てくれるのさ」

  聞こえてきた苦しそうな声と、振り返った時に見えた辛そうな総司の表情に、結局私は絆されてしまった。

  絆された?
  いや、違う。
  私は最初から‥‥それを望んでいた。
  合い鍵を受け取ったあの日から、望んでいて、でも、腐れ縁だからと見ない振りをしてきたに過ぎなかった。
  この気安い関係を壊したくないが為に。
  そんなの‥‥今更どうこうなるほど、脆い縁でもないのに。



  「あ、だめっ、そっじぃ‥」
  だめ、止めて、っていうのに総司は止まってくれない。
  むしろだめだと言うにつれて、彼の責めは強くなっていく。
  彼の言う『立派』な『男』たるもので、私の奥の方まで潜り込んで、好き勝手に突き上げてきた。
  「いや、じゃないよね。こんな、好い、んだもん」
  は、と熱い吐息を零しながら総司は笑った。
  それがあんまり嬉しそうに笑うもんだから‥‥ときめいて、仕方ない。
  このときになって漸く、私結構コイツの事好きだったんだなと気付くのはどうなんだろう。
  私、そんなに鈍かったっけ?
  「は、鈍いよ」
  「あ、ゃっ――」
  「僕が、あの手この手で誘ってきたのに、気付かないんだから」
  合い鍵だって、あっさり受け取っちゃうし、という声が拗ねて揺れる。
  「何年も、片思いして、いい加減この関係に蹴りつけたくて‥‥嫌われるかもしれないの覚悟で、勝負に出たんだから」
  それは悪かった。
  全然気付かなかった。
  でも、それって酷くない?
  私に気付かせる為に、好きでもない子とえっちしたって言うの?
  それ最低だよ、総司。
  「安心して、
  「――」
  ぐりと奥を擦り上げられて、悲鳴が喉の奥で弾ける。
  総司は、にこりとすがすがしい笑みでこう告げた。
  「あの女の人とは、何もしてないから」
  「‥‥え‥‥」
  「僕さ、勃たなかったんだよね」
  彼の立派なナニは、彼女相手では反応しなかったそうな。
  いやいや嘘でしょ。
  男って下半身の生き物でしょ。
  女の子が裸で誘ってきたら、好き嫌い関係なく出来るもんじゃないの?
  私はそうだって昔聞いたんだけど‥‥
  それに、
  総司、
  好きだって言ったじゃん。
  気持ちいい事。
  「ああ、言ったね」
  でも、と彼は言う。
  熱っぽい眼差しを向けて、私に、恥ずかしげもなく言い切る。

  「相手じゃないと‥‥何をしても、気持ちよくなんかなれない」


   定快 主義




  ろくでなしな総司のお話。
  好きな人の気をひくために色々やって
  結局失敗してそうなイメージ。