むかしむかし、ある所に、とても美しい娘がおりました。
その娘は某物語の女王さえも嫉妬するほどの美貌の持ち主で、それはそれはとても優しい心の持ち主でした。
彼女の名前は、

トシデレラ。

「誰がトシデレラだ! ぶった斬るぞ、てめぇっ!!」

ちょっと、ツンデレキャラの28歳です☆

「28って‥‥もう娘って言わないような気がするんだけどな。むしろ‥‥」
「それ以上言うな総司。世の女性を敵に回すつもりか?」
そんなトシデレラにツッコミを入れるのは意地悪な継母、沖田総司と、姉の斎藤一でした。
「名字が違うってのに親子てのはおかしくねえか? ってか、あいつらがそのままの名前なら俺だって土方歳三で構わねえだろうが!」
「何言ってるんですか? シンデレラを元にしてるのに土方歳三じゃ何の話か分からないじゃないですか」
「そもそも、なんで俺がシンデレラ役なんだよ! 他にいるじゃねえか!」
「僕、新八さんがドレス着てる姿を見るくらいなら土方さんで我慢しますよ」
「なんで男なんだよ! そうじゃなくて!!」
とりあえず喚いているようですが、話が進まないのでスルーしたいと思います。
「あ、こら、てめっ!」
トシデレラは毎日、意地悪な継母や意地悪な姉に苛められている可哀想な娘です。
「ほら、一君もちゃんと苛めないと」
「‥‥ふ、副長‥‥申し訳ありませんっ!!」
「斎藤‥‥副長はやめろ。それから、んな悲壮な顔になるな」
「そうだよ、一君。日頃の鬱憤を晴らすいい機会だよ?」
「てめえは調子に乗りすぎなんだよ!!」
トシデレラは苛められすぎて、怒鳴りすぎて、ちょっとばかり、心がすり切れそうです。
「すり切れさせてんのはてめえだろうが!!」

そんなある日、王宮で開催される舞踏会の招待状がやって来ました。

「無視して進めてんじゃねえよ!!」

この国の王子は、お嫁さん探しをしていました。
どうやら舞踏会でそのお嫁さん候補を探そうと言うのです。

「玉の輿?」
「総司‥‥もう少し言葉を選べ」
「だって、王子様だよ? つまり物に出来れば僕はお姫様になれるって事でしょ? そしたらなんでもやりたい放題じゃない」
継母がにやりとそれはそれは恐ろしい笑みを浮かべます。悪魔も逃げちゃいそうな笑顔です。あ、すいません、こっち見ないでください。
「勿論、トシデレラはお留守番しててね」
日頃留守を言いつけられている仕返しでしょうか。
継母はそう言って、盛大に邸の中を汚して、申し訳ありませんと謝り続ける娘を引き連れて、お城へと向かってしまいました。
一人残されたトシデレラはしくしくと悲しさのあまりに泣き出します。
「あー、清々したぜ‥‥」
泣き出します。
「阿呆か、誰が泣くかよ」
泣いてください。
「だから泣かねえよ」
‥‥‥清々したトシデレラは、舞踏会に行きたかったのです。
「行きたかねえよ」
本当に?
「あったりまえだろうが。なんでこの俺があんな動きにくいもんを着なきゃなんねえんだよ。王子だってそんなもん興味ねえしな」
本当に行きたくないですか?
「くどいぞ。俺は王子にも玉の輿にも興味は‥‥」

実は継母は、王子への手みやげに『
宝玉発句集』を持っていってしまったのです。

「あんの野郎ぉおおおおお!!」

トシデレラは舞踏会に行きたくてたまりませんでした。
その時です。
ぶっ殺す、と騒ぐ‥‥もとい、行きたいと悲しむトシデレラの元に、
「あなたのお願いを叶えてあげます」
可愛い妖精さんが現れたのです。
「千鶴‥‥そりゃ妖精のつもりか? 俺にはてっきり魔女っ子かと‥‥」
「魔女っ子じゃないです! それに私は千鶴じゃなくて妖精です!」
「で? 一体何の用だ?」
「あ、ええと、私はあなたのお願いを叶えに来たんです」
「そうか、そんじゃいっちょ頼む」
「はい、もちろん! ではあなたにはとびきり素敵なドレスを‥‥」

「そんなものはいらねえから、とりあえず
寄越せ」

ドスの利いた声で武器を要求するトシデレラに妖精さんは慌てました。
「だだだ、駄目です! これは童話なんですよ!? そんな子供の夢を壊すような事‥‥」
「知るか! 俺をシンデレラに祭り上げた時点で童話じゃなく笑い話だろうが! いいから兼定を出せ!」
凄まれて妖精さんは涙目です。
話が違う、と小さく声を上げましたが、聞こえません。聞こえない事にします。
とりあえず話を進めろ千鶴ちゃん。作者が許す。
「と、とにかくこれで諦めてくださいっ!!」
えい、とステッキを振るとあら不思議。
光で包まれたトシデレラのボロボロの洋服が真っ白い美しいドレスへと変わったのです。
それだけではなく、カボチャの馬車に馬までもが現れ、彼女が舞踏会へと行く準備は整いました。
「魔法は十二時までしか続きませんので、それまでに戻ってきてくださいね」
成功してほっと一息吐く妖精さんに、トシデレラは不機嫌そうな顔を向けて、言いました。
「で? 刀は?」
「うわぁああん! ごめんなさいぃいっ!」
妖精さんは、泣きながら消えていってしまいました。



仕方なく舞踏会へと向かったトシデレラですが、何故か彼女は王宮の門が見えてくると馬車を止め、人に見つからないようにこっそりと隠れながらお城へと近付いていきました。
まるっきり不審人物です。誰か捕まえてあげてください。
「黙ってろ!」
ストーリーテラーが黙ったら進みません。
「‥‥‥くそがっ」
吐き捨てながら、トシデレラはお城の傍までやってきました。
中からは音楽と人の声が聞こえてきます。
どうやら舞踏会はもう始まっているようです。
そして中を覗くとそこには忌々しい継母の姿もあります。
「よし、間に合ったみてえだな」
トシデレラはほっと胸を撫で下ろしました。
しかし、どうやって継母から宝玉発句集を取り戻そうかと言う事で悩みます。
正面から行けば彼は逃げてしまうのが分かってたからです。それだけではなく大声で恥ずかしい句集なんて読み上げられたら大変です。
「恥ずかしいとか言うな!」
‥‥恥ずかしくないと?
「‥‥‥‥‥」
トシデレラは舌打ちをして、一度壁から離れます。
どこかからこっそり入れる場所はないか、探すようです。

「っと?」
しばらくすると、開けはなった窓を見つけました。
中は真っ暗で、人はいないようです。
「しめた」
トシデレラはにやりと笑い、その窓から中に入りました。
そこは寝室でした。
大きな、トシデレラの部屋とはまったく違う、広い寝室でした。
「金持ちってのは羨ましいもんだな」
ひがみ根性丸出しで呟いたトシデレラですが、ふと、呟いた瞬間にベッドに腰掛けた人影を見つけて驚きます。
無人だと思っていた室内に人がいたのです。
「あっ」
トシデレラは慌てました。
窓からこっそり入ってきた‥‥なんて、まるきり怪しすぎるからです。
しかし、驚いたその人は声を上げることなく、ただただ目をまん丸くしてこちらを見ているだけでした。
そして‥‥トシデレラも同じように、その人を見つめてしまいました。
何故ならその人は、とてもとても綺麗な瞳をしていたからでし、

「泥棒?」

「くそ! やっぱりてめえはてめえのままだよな! !」
「え!? どうして私の名前をっ!? まさか私のストーカー!?」
「誰がストーカーだ! てめえも斬るぞ!! 総司の後に‥‥って‥‥」
トシデレラは思わず叫び、ぎょっとして目を見開きました。
その人の手に、彼の探していた物が握られていたからです。
「なっ! それっ!!」
「え?」
目にも留まらぬ早さですっ飛んできたかと思うと、手から発句集を奪われます。
はジト目で見あげました。
「やっぱり泥棒じゃないですかー」
「違う! こいつは総司の馬鹿が勝手に持ち出したもんで‥‥」
「ああ、やっぱり‥‥」
はひょいと肩を竦めました。
急に現れ、急に人から発句集を奪った男を咎めなかったのです。
流石変わり者‥‥いえ、国民から好かれる王子様です。
「中は‥‥読んでねえだろうな?」
上擦った声でトシデレラが聞けば、は首を捻って「さあ」と意地悪く笑います。
その言葉に一瞬ぎょっとしましたが、すぐにその人はくすくすと笑って「読んでいませんよ」と言いました。
なんだかからかわれたようでちょっと、癪です。
トシデレラはそっぽを向いてしまいました。
ですがその横顔が拗ねたようなもので、なんだかはくすくすと笑ってしまいます。笑われてちょっとむっとした顔になるトシデレラに、
「私はと言います。あなたのお名前は?」
と気さくに聞いてきました。
名前を知っているのだから名乗る必要もないかと思いましたが、相手の名前を聞くには名乗るのが礼儀だと思っていたのです。
一瞬、トシデレラは応えるべきか無視をするべきか、悩み、口を開きました。
「土方歳三」
恥ずかしくてトシデレラとは言えなかったようです。
は「土方さん?」と聞き直してくるので、そうだ、と答えました。
正確には『トシデレラ』です。
「黙ってろ!」
「‥‥え‥‥?」
「おまえに言ったわけじゃねえからな!」
トシデレラはこほんと咳払いをし、それじゃあと踵を返そうとしましたが、どこか落ち込んだ様子のに気付いてしまいました。
他の人が見ても気付かなかったでしょう。
でも、トシデレラは人よりもちょっとだけ、敏感だったのです。
「なにか、あったのか?」
は驚きました。
一瞬誤魔化そうと思ったのですが、目の前のその人はひどく真摯な眼差しを向けていて‥‥なんだか誤魔化すのが悪い気になってしまいます。
は困った顔で、笑いました。
「‥‥その‥‥悩んでいて‥‥」
小さな声でうち明けました。
「父が、私の花嫁を必死に捜してくれてるんですが‥‥どうしても、私はその気になれなくて。」
その言葉に、トシデレラは気付きます。
今、目の前にいるのはこの王宮の王子様だと言う事に。
まさか、主役が舞踏会に出ずに部屋に閉じこもっているなんて思いませんでした。
しかも‥‥花嫁探しを迷っているだなんて。
「分かっているんです」
は言います。
「私が、花嫁を見つけなければいけないということを」
私には責任があると。
「だから、花嫁を見つけて、この国を導いていかなければならないって‥‥」
分かってはいる。
でも、それが出来ない。
は苦しそうでした。

「そりゃ、出来ねえだろうな」

そんなに、トシデレラは言いました。
きっぱりと、自分には出来ないと言い捨てました。
あまりに気持ちよく言い切られたので、一瞬呆気に取られます。
が、すぐに怒ったような顔になって、
「どういう意味ですか?」
と聞いてきました。
トシデレラはその鋭い眼差しを鼻で笑い飛ばすと、そりゃ当たり前じゃねえかと笑いました。

「だっておまえ女だろう? 女が、てめえの花嫁を選ぶなんて、出来るわけがねえじゃねえか」

は驚きます。
見抜かれるとは思わなかったからです。
自分が女であると、見抜かれるとは思わなかったからです。
そう、
王子様は、本当は、お姫様だったのです。
それを、はずっと隠していたのです。
この国の王様には子がありませんでした。
王子様は、実は拾われ子だったのです。
しかし、王位を継ぐのは王子にしか出来ず、このままでは悪い大臣たちに乗っ取られてしまうのが分かって、は男を演じ続ける事にしたのです。
今までずっと‥‥

それをまさか一発で見抜かれると思わず、は驚きました。

がすぐに、
「私が、女だって?」
は否定しました。
馬鹿馬鹿しいと言いたげな言葉にトシデレラの整った眉が跳ね上がります。
ちょっと不機嫌そうです。
「冗談言わないでください。私は男ですよ。この国の王子です」
しかし、には女だと認めてはいけない理由があります。
万が一、トシデレラがそれを誰かに明かしてしまったら大変だったからです。
だから否定しました。
「何言ってやがんだ。どっからどう見ても女だろうが」
「違います。私は男です」
「ああ? じゃあ、おまえは女なのに女と結婚するつもりか?」
「私は男だから女の人と結婚するんです」
はぴしゃりと言いきりました。
どうやら王子様は頑固なようです。
トシデレラはなんだか腹が立ちました。
何故そこまで彼女が我慢を強いられなければいけないのでしょう?
自分の本来の姿を隠してまで過ごさなければいけないのでしょう?
それが、すごく、腹が立ったのです。

気がつくとトシデレラはその細い肩を思い切り掴んでいて、

「え‥‥」
柔らかいベッドに包まれは驚きます。
自分に覆い被さるその人に、更に驚きます。
大きな、手でした。
肩を掴むのは。
強い力でした。
引きはがせないほどに。

「おまえがどうしても認めねえってんなら‥‥」
その人は、じっと強い瞳を細めて言いました。

「俺が、おまえを女だって思い知らせてやる」



「あっ、やっ」
ベッドの上での身体が跳ねます。
魚のようにびくりと跳ねます。
月の光に照らされる細い身体はやっぱり、女のひとのものでした。
細くて小さくて、とてもトシデレラには敵いません。
それを力で押さえつけ、トシデレラはの中に潜り込ませたものを動かしました。
赤い血がぽたぽたと落ちていました。
ずっと男だと言い切っていたのだからもちろん、は初めてでした。
は泣きました。
引き裂かれるような痛みでした。
不思議な事に心は晴れやかになっていくのです。
だって、今、生まれたままの姿で男である彼に抱かれている自分は、偽りのない存在なのだから。
男だと偽って人を欺かずに、唯一ありのままでいられたのだから。
「ひじ、かた、さっ」
求め方を知らないは苦しげに名前を呼びました。
白いシーツを握りしめる手が心細そうで、トシデレラはそれを取って自分の手と重ねました。
その瞬間、が本当に嬉しそうに笑ったのを見ました。
あどけない無邪気な顔は‥‥きっと彼女の本来の姿なのでしょう。

「やっぱり、おまえ‥‥」
「ぁ、あっ、あっ」

を強く抱きしめながら囁きます。
まるで、愛の言葉でも口にするかのように。

「可愛い女だよ」

その言葉が嬉しくて、
は涙をぼろぼろと流しました。



かちりと立てた針の音にトシデレラははっと身体を起こします。
今更のように思い出して時計を見れば、時間は既にタイムリミットまであと数分でした。
「やべぇっ」
トシデレラは慌てて起きあがりました。
「どうしたんですか?」
隣でがまだとろけたような顔を上げました。
飛び起きたトシデレラが身支度を整えている事に気付き、は小さく息を飲みます。
「帰っちゃうんです、か‥‥?」
寂しそうな声にトシデレラは後ろ髪を引かれる思いです。
しかし、12時までに帰らなければ魔法は解けてしまう。
あんなぼろぼろの格好を見たら彼女に嫌われてしまうのではないかとトシデレラは思いました。
それに、
?」
外から声が聞こえてきます。
きっと王様です。
はぎくりと肩を震わせ、慌てて洋服を身につけます。
こんな所を見られては‥‥彼女が今まで隠し通してきた事が水の泡です。
もちろん彼女のためには知られた方が良いと思うのですが‥‥

「あ、あのっ」
は慌てて服を着替えながら、それでも彼の元に走ってきます。
バルコニーから飛び降りようとしていたトシデレラは、追いかけてくる彼女に向かって、笑い、こう言いました。

「追いかけてこい」
「え?」
「俺はおまえが来るのを待っててやるから」

かつりと、手すりに掛けたヒールが引っかかりました。
それでも構わず、トシデレラは飛び降ります。

「待ってるからな」

最後にその言葉と、ガラスの靴だけを残し‥‥トシデレラはまるで夢のように消えてしまったのでした。




それから、何日かが過ぎました。
相変わらず継母はトシデレラを苛め、姉は謝りながら嫌がらせをしてきます。
ですがトシデレラはどこか幸せそうでした。
もしかしたらMッ気でも出てきたのでしょうか? そうなるとお話が一気にマニアックな方へ向かってしまいます。
「人を変人扱いすんじゃねえ!」
そもそもトシデレラは隠れMなので関係ないでしょうけれど。
「人聞きの悪い事言うなっ!!」

さて、そんなこんなで過ぎていく毎日ですが、その日、買い物に出掛けていたトシデレラは人が騒いでいるのを見かけます。
一体どうしたのかと人を縫って中に入っていくと、どういうことでしょう、馬車に乗った王子様が町へと降りてきているではありませんか。
「この靴を履いていた人をご存じありませんか?」
しかもは、あの時トシデレラが忘れてしまったガラスの靴を持っていたのです。
トシデレラを探しているようでした。
「そ、それは私が!」
しかし、見目麗しい王子様に少しでも近付きたいという女の人が自分の物だと名乗りをあげました。
彼女ばかりではなく、自分が自分が、と人々は騒ぎ立てます。
は困りました。
彼女たちがトシデレラではないのは分かっていたからです。
「平助、後は頼む」
「え?」
は頭の上に乗っていた冠を外すと彼の頭にちょこんと乗っけ人だかりに突き飛ばし、ガラスの靴を掴んで突然その場を逃げ出してしまいました。
「ちょ、!?」
「悪いけど、私一人で探してくるから!」
「おおおおいっ!? って、うわ、オレは王子様じゃなくてっ!!」
「王子様! 私そのガラスの靴に合うと思うの!」
普通の女が合うわけねだろ、これ男もんだぞ‥‥という藤堂の声は、血気盛んな女性の中に飲み込まれていくのでした。


「まいた‥‥かな?」
ぱたぱたと裏路地を走りながらは振り返ります。
さっきまで追いかけてきた女の人たちは体力の限界なのか、もうついてくる人はいませんでした。
これで落ち着いて人捜しが出来ます。
「とは言っても‥‥」
手がかりはガラスの靴だけ、です。
は少し困りました。
招待状は父である近藤勇が勝手に出してしまったので、彼女はどこに送られたのか知らなかったのです。
それに町の事も知りません。
この広い町のどこにトシデレラがいるのか、分かりませんでした。
せめてどのあたりに住んでいるかだけでも聞いておけばよかったかと今更のように思いましたが、今そんな事を後悔しても遅いのです。
「とにかく、片っ端から探してみよう」
はよし、と一人意気込み、また、歩き出します。
その彼女を、
ぐい――
「っ!?」
裏路地から強い力が引っ張りました。
は声を上げる事も出来ず、引きずり込まれ壁に押しつけられます。
すぐさま剣を抜こうとしましたが、それも押さえられ、慌てました。
自分を狙う人はいっぱいいるのです。
だから、誰にも黙って出掛けたというのに、どこでばれてしまったのでしょう。
しかも、自分に気配など気付かせずに近付いてくるなんて一体どこの‥‥

「よう」
耳の後ろで聞こえたのは、聞き覚えのある声でした。
は驚いて目を見開きます。
そうして無理矢理首を後ろに向かせて自分を捕まえている人を確かめました。
そこに、
「‥‥土方‥‥さん」
彼女の探していた人がいたのでした。

はあの時と変わらず、相変わらず王子様の格好をしていました。
まだ、父王には言えてないのでしょうか‥‥それでも、彼女の様子は落ち込んでいたあの時とは違っていました。
「どうしてここに?」
は振り返って聞いてきます。
「おまえの姿が見えたから‥‥な」
意地悪そうに、彼は笑いました。
「俺を捜してたんだろ?」
なんでしょう。この傲慢っぷり。
これだからモテる男は嫌になるというものです。
「語り手が僻むんじゃねえよ」
僻んでません。
「僻んでんだろ」
そういう事を言うと、内容を変えちゃいますよ、勝手に。
ええと、実ははトシデレラの継母である沖田と意気投合してしまったのでした。
「おいこら! 洒落になんねえからやめろ!!」
じゃあ、姉の斎藤一とこっそり浮気を‥‥
「あのなぁ!」
「相変わらず独り言が多いですね」
くすくすと言う笑い声が遮りました。
が楽しそうに笑っていたのです。
「いや、これは独り言じゃなくて‥‥だな」
独り言は寂しい人が言うんですよ、土方さん。
「‥‥‥‥‥」
だから黙ってろ、と言いたげな視線が向けられます。あれ? ストーリーテラーがどこにいるか分かってる??
「‥‥あっ」
ここで漸く、はトシデレラの格好に気付きました。
ぼろぼろの洋服に、汚れた格好。
前に見たあの美しいドレス姿が嘘のようです。
「悪い、な」
そういえば手も汚れていた事を思いだし、彼女の肩から手を離します。
白い洋服が汚れてしまいました。
「こんな、見窄らしい格好で、よ」
幻滅したか? と訊ねれば、はゆっくりと顔を上げてトシデレラの顔を見ます。
埃や煤で顔も汚れていましたが、その瞳はあの時と同じ、綺麗な色をしていました。
強気で、傲慢で、だけどどこまでも純粋な色です。
「いいえ」
は緩く頭を振って、否定します。
「あなたは、どんな格好をしていても、美しい人です」
出来ればそれは自分に譲って欲しい台詞だ、とトシデレラは思いました。
ですが、彼女が自分を蔑むでも嫌がるのでもないのだと分かると、嬉しくて、思わず笑顔になりました。
「‥‥ところで、俺に何の用だったんだ?」
こほんと咳払いを一つ、トシデレラはに訊ねます。
は顔を上げて言いました。
「あなたを迎えに来ました」
トシデレラを迎えに来たと言いました。
どういうことかと続けて訊ねると、彼女はとびきりの笑顔を浮かべて‥‥

「私の、お嫁さんになってください」

「そこは婿を譲れ!!」



こうして、トシデレラは無事玉の輿‥‥もとい、好きな人と一緒になり、いつまでも王宮で幸せに幸せに暮らしましたとさ‥‥
めでたしめでたし。


  ガラスの靴をれたあんちくしょう




  童話コメディです。
  まさかのシンデレラが土方さん☆
  これはメールをしていて思いついてしまった
  アホネタです。
  アホネタですが、すっごく楽しかったです☆