「お、おまえ何やってんだぁ!?」

クリスマス一色に染まる町並み。
足早と人が行き交う通りに並べられた長テーブルにどどんと鎮座するのはクリスマスケーキの箱、箱、箱。
それらを通りの人間に売りつけるのはサンタの格好をした店員だ。
因みにそのほとんどが女の子。
サンタコスプレした可愛い女の子に「クリスマスケーキいかがですか?」なんて言われたら厳しい顔をしたサラリーマンの男性も思わず鼻の下が伸び、財布の紐も緩むということで‥‥
それらを横目に「いかがですか?」という誘惑の言葉を藤堂は「ごめん急いでるから」と言って断りながら、足早にそのゾーンを行きすぎようとした。
今年のクリスマスケーキは決めている。
有名店の人気のケーキだ。
因みに値段は1万円。
ちょっと頑張りすぎたと思ったが、それもこれも彼女の為だと思えば安い物である。
あまり甘いものが得意ではないと言っていた恋人ではあるが‥‥その有名店のケーキは他のものよりも甘さが控えめで、
上品だ。
きっと喜んでくれるに違いない。
「‥‥っと、もう5時?」
5時半から販売開始で一時間で売り切れてしまう。
まずい、急がないと。
上着の前をしっかりと閉め、店まで走ろうとした。

その時、

派手派手しい赤と、柔らかい赤のコントラストに気付いてしまった。

あの色は、他ではあまり見ない色。
あんな柔らかくて甘い色は。
あの人以外には持っていない、色。

「‥‥え?」

視線を向ければ小さなケーキ屋さんの前。
他と同じでクリスマスケーキを売りつけるサンタコスの女の子がそこに立っていて、
その中に、
その色を見つけて、

「あ、平助。」

その人も、こちらに気付いたようで手を挙げてみせる。
藤堂は目を丸く見開き、ついでに口をあんぐりと開いた。
ここにいるはずがない人が目の前にいた。
だってその人は、今頃家で受験勉強に励んでいるはずで‥‥

「お、おまえ何やってんだぁ!?」

そんな彼女がどうして、サンタの格好をしているのだろうかと叫べば、はひょいと箱を持ち上げて、こう言った。

「クリスマスケーキ、いかがですか?」



ずるずると引きずるようにしてを店の細い横道へと連れ込む。
痛いってばと抗議の声を上げていたが、彼はそれに応えずに店内から漏れたオレンジ色の光でぼんやりと照らし出される壁に、どんとを押しつけて、
「何考えてんだよ!おまえっ!」
怒鳴りつけた。
「え?なに‥‥って‥‥ケーキ売りのバイト?」
見て分からない?と訊ねられて藤堂は呻く。
「んなの見れば分かる!!
そうじゃなくて、なんでバイトしてるかって事だよ!
おまえ、受験生だろ!」
勉強は?ともっともらしい質問に、はひょいと肩を竦めた。
「気分転換だってば。
勉強ばっかりしてたらパンクしちゃうもん。」
「‥‥でもっ」
「それに」
と反論しようとする彼の言葉に被せるようには言った。
「あそこのケーキ屋さん、知り合いなんだよ。
助けてって言われて放っておけるわけないだろ?」
平助だってヘルプ出されたら手伝うだろ?と言われて言葉に詰まってしまう。
確かに。
助けを求められたら放っておけない性質だ、彼も。
でも、だけど、だからって‥‥

「‥‥そんな格好、すること、ねえじゃん。」

ぼそっと小さく呟いた彼に、は格好?と鸚鵡返しに訊ね、

「あ。これ?」

自分の格好を見下ろして、あっけらかんと笑った。

「いや、これ着て「買ってください」って言うとおっちゃんたちが結構買ってくれるんだよ。」
そりゃ当然じゃないか。
藤堂は心の中でだけ呟いた。
が今着ているサンタの格好は、サンタであってサンタではない。
サンタのように髭に白髪、でもなければ、ズボンを穿いているわけでもない。
着ているのは真っ赤な暖かそうなワンピースだ。
しかも、裾がふんわりと膨らんでいるタイプで‥‥ミニ。
惜しげもなく晒された美脚が目の毒だ。
おまけに、こんな美人に「買ってください」なんて強請られたらおっちゃんの財布の紐も緩むのは当然というもので‥‥

「‥‥‥似合わない?」

不満げにこちらを睨み付ける藤堂の視線に気付き、は訊ねる。
普段、年上の自分を「平助」と呼び捨てにするかわいげのない恋人ではあるが‥‥やはりこういう時は女の子らしく、不安にもなるようで‥‥
沈んだ声に、彼は慌てて違う、と言った。
「おまえが似合わないとかそういうんじゃなくてっ」
「‥‥なくて?」
じっと見つめられてどきりと胸が震える。
思わず見惚れてしまい、小さく「う」と呻いた後、彼はふいっとそっぽを向いてその‥‥と小さく呟く。

「‥‥‥‥‥‥他の奴に、おまえのそういう可愛い格好‥‥見せたく‥‥ねえ。」

口にして、なんて情けない言葉を吐くものだと藤堂は思った。
何が年上の彼氏だ。
こんな事で嫉妬してしまうなんて。
もっと、こう、寛容に、受け入れてやることはできないのかと。
年上の余裕とか‥‥そういうの、見せてやれないのかと。
でも、無理だ。
彼女に関しては‥‥余裕なんてあるわけがない。
いつだって全力で、彼女が好きだから。
余裕なんて‥‥持てる、はずがない。

「‥‥‥‥‥へいすけ。」

そんな自分を、呆れたような声が呼んだ。
なんでだろう。こう言うとき、彼女が大人びて感じて、すごく気に入らない。
どうせオレはガキだよ。
藤堂は内心で腐って、ますます拗ねたような顔になった。

「平助。こっち向いて。」

そんな自分を、少し優しい声が呼ぶ。
子供みたいな自分を許すみたいな声。

ああ、やっぱり格好悪いな、オレ。

藤堂は肩を落としながらなんだよとぶっきらぼうに言って、顔を戻した。
なんだか気まずくて視線を落としたままに。
そんな自分の頬を、彼女の両手が包み込んだ。
そうして、
強引に視線を合わせるように顔を上げさせて‥‥

ちゅ

冷たい唇に、柔らかいものが重なった。
驚きに目を見開くと、目の前に睫を伏せるその人の顔があった。
キスをされている。
そう、実感して、その感触を味わうよりも前に唇が離れて、

「‥‥平助。ごめん。
あと、5箱で終わりなの。」
彼女は少し照れたように目元を赤く染めて言った。
あと、5箱で終わりだから。
だから、もう少しだけ待ってと。
それが終わったら、一緒に帰れるから。
そしたら、

「私のこと、独り占め、していいから。」

上目に、甘えるように、
そう、告げられた。



通りから賑やかな声が聞こえる。
溢れる笑い声と光と、それから甘いにおい。
それをどこか遠くに感じながら、藤堂はその場に蹲っていた。
目の前にはもう彼女の姿はない。
きっと今頃、魅惑的なあの笑みで罪のないサラリーマンを引っかけていることだろう。

その笑顔も、
声も、
あの格好も、
他の奴らに見せてやるのなんていやだと思った。
冗談じゃないって‥‥

でも、

「‥‥‥‥‥待っちゃうんだよなぁ‥‥」

あんな風に可愛らしくお願いされて、
男が断れるわけがなかった。


サンタのお願い



ピュアピュアな平助を書きたかったんです。
満足です。

2010.12.24 蛍