確かに。
今日一日はサンタの格好でケーキを売りさばくと言っていた。
時期だからそれは当然なんだろう、と斎藤は分かっていた。
分かっていたけれど、それがまさか、サンタとは名ばかりの格好だとは思わない。
髭に白髪でもなければ、ズボンでもなく、
ただ赤いワンピースで三角帽子を被っただけの格好だなんて。
しかも、
そんな短いスカートだなんて、
聞いてない。
「はーじめー。まだ怒ってるの?」
憮然とした面持ちのまま、静かにお茶を飲んでいる恋人には訊ねる。
その格好は常の制服姿、ではなく、真っ赤な‥‥12月24日には相応しいサンタの格好だ。
勿論それは私物ではなく、バイト先で支給されたものである。
今日一日はクリスマスイブということでその格好でケーキを売る事になって、そのままの格好で彼氏の元へとやって来たのだが‥‥
「‥‥‥怒ってなどいない。」
どういうことか、彼氏はその格好を見るといきなり仏頂面になって黙り込んでしまったのである。
斎藤という男はあまり顔に感情が出ないタイプの人間だ。
しかし長く付き合うと小さな変化にも気付くようになり、そうすると彼が今どう思っているか‥‥というのも分かるようになってくる。
彼は怒ると、口数が極端に少なくなる。
ついでに絶対に目を合わせてくれなくなるのだ。
今、まさにその状態で‥‥怒っていないと言われても信じられるわけがない。
これは結構怒っている。
は困ったような顔になった。
「なんで怒るかなー。」
ちゃんと夜に間に合うように帰ってきたのに、と零す彼女は、男が怒っている事には気づけても、その理由までは分からないらしい。
斎藤は眉間の皺を濃くした。
何故怒るか、など分かり切っているではないか。
バイトをしているということも、今日は夜しか会えないという事も承知している。
確かに初めて出来た彼女だけに今日という日は一日一緒にいたかったが、彼女にも生活というものがあるのでわがままを言うつもりはない。
だけど、だ。
そんな格好でバイトをしていた、だなんて、許せるわけがなかった。
そんな、短いスカートを穿いて、
男たちに愛想を振りまいていた‥‥など。
きっと男たちは舐め回すようにその惜しげもなく晒された足を見た事だろう。
鼻の下を伸ばして。
ああ、腹立たしい。
そんなどこの馬の骨とも思えない男たちに見せるなど勿体ないというのに。
「‥‥はじめー?」
が呼んでいる。
斎藤は無視を決め込んでいた。
こんな特別な日に、喧嘩‥‥などはしたくなかったが、男は折れる事が出来なかった。
彼女はもう少し、危機感というのを持つべきなのだ。
前々から口を酸っぱくして何度も言っているが、彼女は‥‥
不意に風が動き、気配が近付く。
ふわりと甘ったるいにおいが近付いてきて、思わずぎくりと肩を強ばらせたが、決して振り向くまいとして顔を背けた。
すると突然、
とすん――
「なっ!?」
きしりとソファを軋ませる音を立て、膝の上に重みが掛かる。
何事かと視線を戻し、彼は驚いたように声を上げた。
であった。
彼女が、突然、膝の上に乗っかってきたのである。
これには当然、驚いた。
「っっ!?」
なにを、と狼狽えればは横向きに彼の膝の上に座った状態で、手にしたケーキを差し出してきた。
「はい、あーん。」
食べろ、と言う事らしい。
斎藤はすぐさま口を閉ざし、ぶんっと頭を振った。
甘い物は得意ではない。いやそれ以前に、ここで折れてしまうわけにはいかなかった。
まだ怒っているのだ。
そんな風に甘えられたって、許すわけにはいかない。
‥‥正直、嬉しいけれど。
「もー‥‥なにをそんなに怒ってるのさー」
頑なな彼氏の態度に、は眉根を寄せる。
「言ってくれないと私だってどうしようもないじゃん。」
謝るにも、反論するにも、これでは埒が明かない。
そればかりか折角の楽しいクリスマスイブが台無しだ。
「‥‥」
そう言われると確かに、その通りだ。
言わなければ何も伝わらず、ただ無駄に時間だけが過ぎていくだけだ。
なんとも生産性のない。
斎藤は一瞬眉根を寄せて逡巡した後、
おまえが、と不満げに言葉を漏らした。
「そんな格好で‥‥バイトをしていたからだ。」
「‥‥そんな格好‥‥って‥‥」
は言葉に自分の格好をちら、と見て、首を捻る。
「駄目だった?」
似合ってない?と全く見当違いの事を言うので彼は咄嗟に反論する。
「そういうわけではない!」
似合っているかいないかと訊ねられたら、こう断言できる。
似合っている。
ならば問題はなかろうにとは思うが、そうではない。
似合う似合わないの、問題ではなく‥‥
「‥‥他の男に、見せたのだろう?」
その格好を。
「見せたというか‥‥見られたというか‥‥だってほら、仕方ないじゃん。
この格好で外に出てるんだし、見られても‥‥」
ぼそぼそと面白く無さそうに言う彼に、は反論し、そしてすぐに、まさか、と何かを察したらしい。
驚いたように目を丸くして、斎藤の顔をまじまじと見つめた。
どこか、からかうようなそれに、男はふいとそっぽ向いてしまう。
「‥‥一君、それはつまり‥‥」
「――言うな。」
低い声で先を遮る。
不機嫌な声だったが、黒髪から覗く耳が赤く染まっている事に、は自然と笑みが漏れた。
追求は、止めた。
その代わり、
「一。」
名前を、甘えたように呼んでフォークを差し出す。
甘ったるい香りが近付き、斎藤はいや、と頭を振りながら答えた。
「甘いものは‥‥あまり‥‥」
得意じゃない。
とこう言えば、フォークはあっさりと遠ざかった。
その代わりに、
「はじめ。」
ケーキよりも甘ったるい彼女の呼び声が聞こえて、誘われるように顔を向けた。
振り向いた瞬間に重なる、唇。
キスは生クリームの味がした。
胸焼けしそうな甘い香りがした。
でも、
「‥‥‥。」
男はそれが欲しかったのだと思った。
カシャンと彼女の手から皿を奪いながら何度と無く口づけを繰り返し、深くしていきながら斎藤はどこか楽しげに言った。
「サンタは‥‥なんでも望む物をくれるのだったな?」
とろんと蕩けたような琥珀が見下ろして、細められる。
「なにが、欲しいの?」
どこか挑発するような声音に、ぼうっと頭の芯が、熱くなった。
「――おまえが――」
吐息交じりに、彼は言った。
「おまえが、欲しい――」
いつになく積極的な言葉を告げながら、もう必要なくなった赤い衣を緩やかにはぎ取った。
サンタをひとりじめ
ヤキモチを妬かせたかった。
そして膝の上に乗らせたかった!!
もっとジェラシーな話は別の所で書きたいと
思います。
一君は結構ヤキモチヤキーですよ!!
2010.12.27 蛍
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