「べりーくるしみます。」

「おい、色々間違ってんぞ。」

チャイムも押さずに不法侵入の如く室内に入ってきた彼女に、土方は剣呑とした眼差しを向ける。
まあ合い鍵を持っているし、彼女が勝手に入ってくるというのにも慣れているからそこは突っ込まない。
突っ込まないが、突然寝入り端、眠っている自分の身体にのしっとのしかかられてはそりゃ文句の一つも言いたくなる。
しかもあれだ。
今日のデートをキャンセルしたくせに。

とか思わず愚痴の一つでも口にしてやりたくなったが、止めた。
それより追求すべき事が目の前にあったからだ。

「‥‥‥なんだよ、その格好。」

のし掛かった彼女は、全身赤ずくめだった。
なんだと聞きながら半ば予想は出来る。というか「それ」しかない。
クリスマスイブに赤といえば‥‥

「サンタクロース。」

得意げに言って、は胸を張ってみせる。
やはり。
土方は内心で呟き、不審そうな眼差しで上から下までを見た。

確かに彼女は「サンタクロース」が身に纏う赤い服を身につけている。
だが勿論彼女はサンタでもないし、髭もなければ白髪でも、老人でも、男でもない。
そして着ている服もサンタらしい格好のつもりのようだが、ズボンではなくワンピースだ。
一応襟元、袖、裾は白のファーで飾られているけれど。
恐らく、どこぞのバラエティショップで購入してきたのだろう。

「‥‥随分と色っぽいサンタもいたもんだな?」

上体を起こしながら手を伸ばして露出している太股を撫でようとする。
ぺしりと叩かれ、睨み付けられた。
「サンタに何しようとしてるんですか。」
「エロイこと。」
決まってんだろと言い放つと、信じられないとに呆れられた。
「サンタは子供の味方なんですよ?
そんな子供の味方に手を出すなんて悪い事をする人にはプレゼントあげません。」
「どうせ俺はガキじゃねえから貰えねえだろうが。」
それなら良い思いの一つや二つ、したって良いじゃないかと言うけれど、彼女はもう一度伸びた手を今度は抓って阻んだ。
「駄目。」
「‥‥ケチくせえな。」
「いっこも手加減してくれない人に言われたくない。」
そう半眼で睨んで言われ、やれやれと土方は両手を挙げて降参のポーズを取ってみせた。
そうしてどさりと枕に今一度後頭部をつける。

「で?こんな時間にやって来て、一体何の用だ?」
ちらりと確認した枕元の時計は午前1時を過ぎている。
25日になってしまった。クリスマス当日だ。
その格好から察するにサンタの真似事をしに来たという所だろう。つまりはプレゼントを配りに来た、と。

「‥‥良い質問です。」

問いには得意げに笑って、肩に担いでいたらしい布袋を引き寄せる。
その袋の口を開けて手を突っ込むと、じゃじゃーんと効果音つきで、掌サイズの箱を取りだした。
勿論、プレゼントに相応しく綺麗にラッピングされている。

「サンタさんからのプレゼントです。」
ちょん、と差し出され、土方は思わず渋面になった。
それでもそのまま突き返すのは彼女の厚意を無にすると思ったので、受け取る姿勢を見せる。
は嬉しそうな顔で、
「開けてみて?」
と急かした。

受け取ったそれは、思ったよりも軽い。
何が入っているのかと、肘で上体を再び起こしてリボンを解く。
黒いリボンがはらりと舞い落ちた。
続いて包装紙をぺりっと慎重に外して、現れたのは黒い箱だった。
箱に刻まれているそれには見覚えがあった。
それは知る人ぞ知る有名ブランドのロゴだ。

「‥‥‥早く。」
また急かされた。
土方は分かったよと言いながらその箱をぱかりと開けて‥‥

「おい‥‥‥」

中に入っているそれを見た瞬間に、眉間の皺が濃くなった。

中は空っぽとかそんなベタな悪戯も、箱の中に箱が‥‥というロシアの伝統工芸品かと突っ込みたくなる悪戯もない。

中には想像した通り銀盤の時計が鎮座していた。
しかも、彼が以前「いいな」と言っていたデザインのものだ。
一瞬「偽物か?」と疑いたくなったのも仕方のない事だ。
何故ならそれは学生が買える値段ではない。零の数が一つ余計に多いのである。

「本物ですよ?」
そんな内心を見破ったのか、がにっと得意げに笑って言った。
「ちゃんと正規店で買ってきました。」
ちゃんと保証書もついてます。
との言葉に、どうやらそれは『100%本物』らしい。
となると、更に問題だ。

「‥‥受け取れねえ。」
土方は難しい顔でぽつりと言った。
受け取れるわけがなかった。
それは、先にも述べた通り‥‥高額なのだ。
数万で買える値段ではない。数十万という値段なのだ。
彼女には確かに両親の遺産がある。
だが、誰よりも大事な両親の遺産を使って恋人のプレゼントを買うような女ではない。
だからバイトで一生懸命働いて貯めたものなのだろう。
高校生の賃金というのはたかが知れている。
この時計を買うまでにどれほど苦労をしたか‥‥考えたら受け取るわけにはいかなかった。
彼女の気持ちはとても有り難いけれど、だ。

「‥‥返して来い。」
「え、ちょっと先生っ?」
「無駄遣いなんかしてんじゃねえよ。
これを買う余裕があったら、自分の服の一つでも買え。」

そう言ってぐいと押し返すと、はむっとしたように唇を尖らせる。
例えばそれが彼女の事を思っての言葉であっても「無駄遣い」と言われたら黙っていられない。
無駄なものではないのだから。

「何があっても受け取って貰います。」

はきっぱりと言い切って、箱を押し返す。
ぐいと彼女にしては強い力に土方は驚いた。
そしてすぐに半眼で睨み付け反論する。
「ふざけんな。
こんな高価なもんほいほいと受け取れるわけねえだろうが。」
「値段じゃないんです。気持ちなんです。」
はまた言い返した。
「気持ちはありがてえよ。だからそれだけ受け取っておくって言ってんだろ。」
「そんなの一言も言ってない。」
「今言った。
だから早く返して‥‥」
「断る。」
そうきっぱり言ったかと思うと、箱の中から時計を取りだしてしまって、
「あ、おいっ!」
上体を起こした彼の胸あたりにどさりと遠慮無く体重を掛けてのし掛かる。
勿論彼女くらいの体重で動きを封じる事は出来ないが、その行為こそが彼の動きを封じるのに最適であった。
胸の上に乗っかる柔らかく暖かな感触に、一瞬思考の全てが止まってしまう。
その隙に、彼の左手を取って、
「こら、待てっ」
制止を振り切って手早く手首に嵌めてしまうのである。

は勝ち誇ったような顔で、言った。

「一度着けたら返品不可ですって。」
「‥‥この野郎‥‥」
確かに一度でも着けてしまったら商品としての価値は下がる。
その通りだけど、でも、なんだかしてやられたような気分になって腹立たしい。

「うん、よく似合ってる。」
「‥‥‥」
「そんな顔しないでくださいよ、喜んで欲しくて買ってきたんですから。」
勿論そんなの分かってる。
だけど、だ。
こんな高価なものを、年下の、しかも学生の彼女から贈られて素直に喜べるわけがない。
申し訳ない‥‥という気分が半分くらいあるのだから。
それに、

「‥‥俺のプレゼントはいらねえって突っぱねやがったくせに。」

これが一番気に入らない。
お互いに贈り合うというのならば百歩譲って納得できる。
この時計に見合うだけの品を彼女に贈ればいいのだ。
でも、はいらないと突っぱねてしまった。
正直‥‥いらないと言われたときには凹んだものだ。

「だって、土方さんには私誕生日もホワイトデーにもいっぱい貰ってるし。」
自分には安いものを贈らせてくれないくせに、彼がプレゼントしてくれるものは高価な物が多かった。
「それに‥‥食事代とかだって‥‥」
食事に行くにも遊びに行くにも彼に出させっぱなしで、少しも払わせてくれない。
考えた事はないが、恐らく、その時計がぽんと買えるくらいは彼に出させてしまっていると思うのだ。
だから、こんな時くらい、が返したって問題はないと思う。
日頃の感謝の気持ちと、それから、

「‥‥私の気持ち、受け取ってくれないんですか?」

好きな人に喜んで欲しいという可愛い恋人の気持ちを、彼は受け取れないと言うのだろうか。

そう不安げに訊ねられては難しい顔をするわけにもいかない。
しばし苦虫を噛みつぶしたような顔でを見ていたかと思うと、やがて、

「分かったよ。」

はふ、と溜息を零して本日二度目の降参のポーズをしてみせた。

そうして、時計を右手でそっとなぞりながら、彼は照れくさそうな顔で笑う。

「ありがとな‥‥これ、すごく気に入った。」

その様子は、心の底から喜んでいるというそれで‥‥は堪らなく嬉しかった。
いつも自分が与えて貰っているばかりなので、少しでも、彼が嬉しいと思ってくれれば幸せだ。
は上機嫌で口を開いた。
「なんか、身につけるものを贈るのってドキドキしますね。」
「そうか?」
「そうですよ。
だって、四六時中一緒にいるわけでしょ?」
なんか、特別な感じがしますよね。と無邪気に笑う彼女に土方はそうだなと頷いた。
確かに自分が贈ったものをずっと身につけている‥‥というのはなんだか相手の身体の一部にでもなったようで、ちょっと特別感がある。
離れていても傍にいられるような気がするというか‥‥

「大切にする。」
「‥‥私だと思って?」
照れるあまりに茶化すような言葉を零すに、土方はこくりとこちらは恥じらいもせずに頷いた。
「おまえだと思って。大事にする。」
「‥‥‥‥‥‥じょ、冗談なのに‥‥」
自分から仕掛けた事なのに、照れてそっぽ向いてしまう彼女が愛おしい。
恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しいと思ってくれている彼女が。

「それじゃ、俺も何か返さないとな。」
何が欲しい?
と土方は訊ねる。
生憎とこんな時間だから買い物に出掛けるわけにもいかない。
すぐに返せない所がもどかしいと思いながら訊ねれば、は何もいらないと頭を振った。
「俺にも贈らせろ。」
でも、それでは男は納得できない。
嬉しかったのだから、自分も彼女を喜ばせてあげたいのだ。
何でも良い。
何か、彼女が欲しいものをなんでもあげたいと土方は思った。

「‥‥‥それじゃ‥‥」

その気持ちを察せないほど、は馬鹿でもなければ意地悪でもない。
その気持ちだけで十分だけれど、それじゃ彼の気が済まないことだって分かってる。
だったら、
は彼が解いたリボンをそっと拾い上げた。
黒いそれを、どうするのかと見守っていると、
唐突に、
それを土方の首に結びつけてしまう。

「‥‥なんだ?俺を絞め殺すつもりか?」

男は茶化すように言った。
まさか首にリボンを巻かれると思わなかったのである。
男である自分などは似合わないだろうに、一体何がしたいのやら。
苦笑で見上げれば、はちょんと今し方結んだリボンを指で引っ張って、

「贈り物には‥‥リボンが必要、ですよね?」

と、照れたように言った。

その通りだ。
贈り物には、リボンが必要だ。

「‥‥‥」

土方は軽く瞠目する。
その言葉が意味するのはつまり‥‥

「これ、ください。」

は琥珀にそっと、欲の色を込めて、囁く。


「土方さんを、私にください。」


サンタがご所望



いつもは土方さんが欲しいと言うので、反対に
に欲しいと言わせてみました。
案外女の子に言われるとこの人、ちょっと照れ
るタイプだと思う。
そんでもって舞い上がるんだよ。

2010.12.24 蛍