縁側でぼんやりと空を見つめているを見つけた。
今日は夕方あたりから急に冷え込んで、雪間で降りそうだというのに、彼女は薄着でぼんやりと空を見上げていた。

「おい、
こんな所にいたら風邪を引くぞ。」
原田の呼びかけに、は振り返る。
ああ、左之さん、と返事はあったが、それ以上何も言わない。それどころか立ち上がる様子もない。
仕方なく、彼は隣に座る。少しでも風よけになればと思ったからだ。

「あ、左之さん。これ。」
腰を下ろして並んで空を見上げた彼に、思い出したようには手に持っていたそれを差し出す。
徳利だ。
「‥‥どうした?これ。」
空かと思うとずしりと重たい。中身は入っているらしい。
「さっき、屋根の上で赤い服を着たお爺さんをとっ捕まえたらこれを渡されたの。」
「はぁ?」
「間者かと思ったらその人、さんたくろおすとかいう名前の人でさ‥‥贈り物を配ってたらしいんですよ。」
「誰かの‥‥知り合いか?」
「見ず知らずの人間だと思います。見覚え無いから。
なのに、無償で配ってるらしいですよ。異人の考える事は分からないですね。」
「‥‥そいつ‥‥大丈夫なのか?」
敵じゃねえんだよな?と言う原田の問いにはひょいと肩を竦めてみせる。
「武器は持ってませんでした。」
「‥‥‥じゃあ、この中に毒とか。」
「大丈夫。毒の味はしなかった。」
「‥‥‥‥‥‥」
分かるのかよ、と心の中で突っ込む。口にしてしまうと恐ろしい答えが返ってきそうなので、やめておいた。
代わりに、
「それ、京の清酒でした。」
の言葉に思わずごくりと喉が鳴る。
酒好きの原田としては嬉しい贈り物だ‥‥いや、怪しすぎて簡単に呑む事は出来なさそうだけど。

「でも‥‥なんで俺に贈り物なんだ?」
ちゃぷちゃぷと音を立てて徳利を揺らしながら訊ねると、はさあと首を傾げた。
「新選組のみんなに恩でもあったんじゃないですか?」
「みんな?ってことは、他の連中も?」
「ええ。」
は頷く。
「平助はこないだからしきりに蕎麦食いたいって言ってたから、蕎麦が届いたらしいし、新八さんは新しいど派手な羽織でしょ。
一は石田散薬が山ほど届いたって言うし、総司は金平糖で‥‥土方さんは、見せてもらえなかったけど帳面だったかな?」
「‥‥‥へえ‥‥」
皆、どうやら何らかの欲しい物が贈られた‥‥ということらしい。
ますますもって分からない。
新選組に恩のある異人などいなかったと思うが。というか、異人と繋がりなんぞあるわけがない。なんせ彼らは攘夷派なのだから。

「異人の考える事はわかんねぇな。」
「わかんないですね。」
結局はそこに収まって、二人はしみじみと呟いた。
吐き出した吐息が、白く溶けるのを二人はそれぞれ見つめた。

「‥‥そういや、。おまえは何をもらったんだ?」
新選組の皆が貰った、というのならば彼女も新選組の歴とした一員である。
無欲な彼女が何を望んだか‥‥というのが気になるところで、訊ねてみると、意外な事に、
「もらえませんでした。」
と言う返答があった。

「貰えなかった?」
原田は訝る。
どういう事だろう。
貰わなかった、ではなく、貰えなかった、のである。
まさか彼女が無茶な物を望むはずもない。
そんな物で良いのか?と訊ねたくなるような慎ましやかな物を望むに違いないと思っていただけに、原田は驚いた。
「なんで、おまえが貰えねえんだよ。」
思わず不満げな声が漏れてしまう。
新選組の皆に配っておいて、彼女だけ無いというのは納得できない。
普段好き放題している他の連中が無いのならばまだしも、何故、彼女だけが。

「なんかね。」
はそんな彼の様子に苦笑を漏らしながら教えてくれた。
「私の欲しい物は‥‥自分では贈る事ができないから‥‥って言われました。」
「‥‥‥どういうことだ?」
じゃあ、一体誰が贈る事が出来る、というのだろう。
問えば、はじっと原田を見て‥‥曖昧に笑った。
どきりと胸が震えるほど、
寂しそうで、何かを堪えるような、笑みだった。

「‥‥‥。」
思わず、何かを言わなければと思うほどに。
しかし原田がそれより先に口を開くよりも前に、は空を見上げて「あ」と小さく声を上げた。
纏っていた寂しげな空気が消え、代わりに嬉しそうなそれが包む。

「雪。」
「‥‥‥‥」
声に彼も釣られて空を見上げる。
はら、と、灰色の空から白い綿のようなものがいくつか落ちてきた。
雪だ。

「‥‥降り始めたな。」
最初の一粒、二粒、を静かに落としたかと思うと、空を真っ白く埋め尽くすほどの雪の粒が覆った。
それが庭のあちこちを白く、染め上げていく。
これは積もりそうだ。
「降りましたね。」
は、とは白い吐息を漏らして、膝を抱える。
その抱えた膝頭に頭をちょこんと乗せると、何が楽しいのか、空から降ってくる雪をただ、黙って見つめた。
原田も彼女に倣って、黙って空を見上げ続けた。

世界を白く染め上げる雪が、やがて大粒になり、吹き付ける風が一層冷たくなった頃、
はぽつりと口を開いた。

「左之さん。」
「‥‥‥なんだ?」
視線を戻す。
は空を見上げたままだ。
どこか懐かしむように目を細めて空を見上げたまま、彼女は言った。
「私の欲しいもの、ね。」
「‥‥」
「自分以外の人から貰えって言われたんです。」
つまり、さんたくろおすという異人以外から貰えと言う事なのだろうか。
それは一体、誰に?

視線だけで問いかければ、はそっと、何かを堪えるような顔で、笑った。


「‥‥‥左之さんに。」


彼に。
貰えと。

何を。
何を彼に求めるというのだろう。
何を。
彼女に贈ればいいというのだろう。


その疑問は頭を過ぎったけれど、なんとなく、彼は与えるべきものがなんなのかということは分かった。
分かった、というより、それは彼がしたかっただけなのかもしれない。

きしりと床が軋む音が聞こえる。
風と温もりが微かに揺れ、視界の隅で影が動いたのに気付き、は顔をそちらに向ける。
その時、
静かに重なった。

互いの、冷たい、唇が。
確かに、重なった。

驚いた瞳に伏せられた男の睫が飛び込んでくる。
案外、長い、睫だとはどこか他人事のように思いながら、まるでそれが当たり前のように、
そっと琥珀を閉ざす。

唇を触れ合わせたまま、は微かに「さのさん」と名前を呼んだ。
泣きたくなるような甘ったるい声に、原田はそっと唇を微かに離して、

「好きだ。。」

告げられたその言葉こそ、が望んだ最高の贈り物であった。


サンタの計らい



最近ずっとエロス続きだったので、今回は
ピュアにしてみました。
‥‥この人ピュアだとすごく甘いという事
に気付きました!!

2010.12.24 蛍