今日も今日とて、鬼の副長殿は忙しい。
  それこそ机にかじりついたままの彼の背中には、鬼気迫るものがある。
  千鶴は恐れて声を掛けられず、とりあえず「お茶が入りました」と小さな声で囁いて、茶を置いていった。

  今日も副長殿は忙しい。
  そんな副長を支えるのが副長助勤の役目。
  そして同時に、

  「土方さん、今日お祭りなんですってー」

  邪魔をするのも彼女の役目。

  言葉と共にのし、と背中に重みが乗っかり、土方はぐえと思わず声を漏らしそうになる。
  遠慮無く、彼女がのし掛かってきた。
  ふわんと甘い香りをさせながら。

  「祭の日くらい、息抜きしましょうよー」
  「‥‥んな暇はねえんだよ。」
  にべもなく断られ、はぶーっと頬を膨らませる。
  「せっかくのお祭りなんですよ?」
  がやがやと邸の外から賑やかな声が聞こえてきた。
  それを聞いてるだけではしゃぎたくなる‥‥なんて事はないが、賑やかな声に誘われて出てみたいという気分もあった。
  昔、多摩にいた頃、皆で祭に出掛けた時のように。

  「土方さん。」
  「‥‥」
  「ちょっと聞いてる?」
  「‥‥聞こえねえ。」

  さらさらと筆を滑らせる音が聞こえる。

  「たまにはいいじゃないですかー」
  「‥‥」
  「土方さん、仕事ばっかしてたら老けますよ?」
  「‥‥」
  「‥‥耳まで遠くなったんですか?」
  「‥‥」
  「‥‥」

  さらさらさらさら。
  まるで耳に入っていないらしい。

  はむぅと眉根を寄せ、じぃっと彼の後ろ姿を見る。

  さらさらの長い髪がその背中に流れている。
  ああくそ、なんだその綺麗な髪。
  ろくすっぽ手入れもしていないくせに綺麗な髪だ。
  いや、髪だけじゃない。
  その肌だってそうだ。
  陽を避けているわけでもないのに‥‥異様に白い。
  白くて‥‥ちょっと手触りが良さそうだ。
  まるで女の人みたいだ、と沖田のように言えば彼は無言で筆を置くだろうか。
  そして次に来るのは拳骨だな。
  うん、それは止めよう。
  いやいやしかし‥‥

  「‥‥」
  はじっと、白い肌を見つめていた。
  ほんとに、白い。
  白粉でも塗って‥‥るわけがないな。
  ああそういえば、白いと言えば千鶴も白かった。
  彼女は健康的に白い‥‥いや、別に土方が病的に白いというわけではないが。
  千鶴の肌は白くて、柔らかい。
  頬を突けばふにゅと指は飲み込まれるほどだ。
  ああそう、あれ‥‥幼い赤ん坊みたいな感じ。

  土方はそこまで柔らかくもないと思う‥‥というか、そこまで柔らかかったらすごいを通り越して気色悪い。
  柔らかくていいのは女の子だけだ。
  女の子は柔らかくて‥‥甘い味がしそうだとは思う。
  いや、でも、
  土方も十分柔らかそうなんだけど‥‥

  「‥‥おい、。」
  いい加減離れろ、仕事ができねぇ。
  と土方が鬱陶しげに声を掛けるのと、が疑問を解消すべく行動を起こしたのが同時で、

  ぱく――

  「っ!?」

  身を乗り出した彼女は、あろうことか男の顔に食らい付いた。
  頬、というよりは少し下。
  細く緩やかな曲線を描く顎のすぐそば。
  そこをはぱくりと食む。

  瞬間、
  土方がびしりと固まった。

  は歯を立てないように唇でその感触を確かめてから、

  「なぁんだ‥‥柔らかくないや。」

  と言って離れる。

  やはり女みたいと思っても、女とは違う生き物らしい。
  甘くもなければ柔らかくもない。
  期待はずれだ‥‥と呟く彼女を、土方は思いきり引きつった顔で振り返る。
  一体何を思って彼女がそんな挙行を取ったのかは分からない。
  仕事の手を止めるというのであれば、その効果は絶大だった。
  しかし、
   あんな事をされては、それ以上に止められないものが、彼にはある。

  「あれ?土方さん?」

  引きつった顔は、いつしか真顔へ。
  真顔、というよりあれだ、怖いくらいに真剣な顔。
  そのくせ、瞳だけ熱っぽい。
  あれれ、なんだかいやな感じだ。

  「あ、いや手を止めてくれたのは嬉しいけど‥‥あれ?なんでそんな近付いて‥‥」
  怖い顔で間合いを詰められ、はじりじりと後退した。
  しかし焦っているらしく、慌てた手が滑り体勢を崩す。
  そんな彼女に構わず近づき、己の影で覆った。
  顔の距離は、ものすごく、近い。
  これはまずい、やばいぞ、何か妙な具合に‥‥
  「ちょ、待って!こんな事するくらいなら仕事してくださいっ!
  私一人で祭にっ‥‥」
  と言えば、土方が熱っぽい瞳のまま、にやりと意地悪く笑みを浮かべた。
  「煽るだけ煽って、それはねえだろうが?」
  「っ!」
  背けた頬に、男の唇が寄せられる。
  先ほどの仕返しとばかりに、かぷ、と一度緩く歯を立てられ、背筋が震えた。
  「ん」と鼻に抜ける声が出てしまったのは条件反射だ。
  決して自分がその気になったわけじゃなくて‥‥
  「ひ、じかた‥‥」
  待ってと弱々しく言えば、その人は壮絶に色っぽい顔で、首を振った。
  「逃がさねえ」
  吐息混じりの声は、掠れていた。

  滑らかな肌の上を滑る、固い指の感触をは感じながら、ああ、くそ、と涙目で吐き捨てる。

  やっぱり全然柔らかくない。

  男なんて、
  ごつごつして、乱暴で、全然柔らかくなんかない。

  だけど、

  睨み付ければ与えられる優しい口づけ。
  強すぎる快楽を与えながら、男が自分を何度も呼ぶその瞬間は、

  ひどく、
  甘い気が、する。



ビタースウィート



副長はやっぱり肌が白くて綺麗なんだろうな。
と思ったら出来たもの(笑)
でも、やっぱり男の人なんだよねぇ‥‥