自分はどうしてそんなに間が悪いのだろうと千鶴は思う。

  彼の所に行こうとしたら用事を押しつけられて、急いで用事を済ませようと思ったら曲がり角でぶつかった人のプリント
  を舞い上げてしまって、漸く終わったと思ったら鞄の中をぶちまけてしまって、
  彼の所に行ったら、

  「ぁっ‥‥」

  見てしまった。

  彼が、
  上級生とキスするところ。

  それが‥‥彼の望んだ事じゃないのはその表情で分かった。
  向こうからキスされたんだってことは。
  慌てて上級生を引きはがして「違うんだ」と否定する彼にはそんな気はなかったんだってこと。
  でも、

  「千鶴ちゃん!!」

  彼の傍にはいられなかった。



  『沖田が他の人とキスをしていた』
  と突然飛び込んできた千鶴から話を聞いた瞬間、二人は思い切り呆れたような表情を浮かべた。

  一瞬なんの冗談かと思ったが‥‥相手が千鶴ではそんな悪趣味な冗談もないだろう。

  だから多分それは事実。
  事実彼は、千鶴という彼女の目の前で、他の女とキスをしていた。
  つまり浮気のシーンを目撃されたと言うことになる。

  「あんの馬鹿‥‥」

  千鶴は俯いたままいつしか黙り込んでいた。
  きゅっと膝の上で握りしめた手をじっと見つめたまま、微動だにしない。

  「‥‥」
  「‥‥」

  二人は一瞬顔を見合わせた。
  千鶴のような純粋な子には、彼の行動がとても非道なものに見えただろう。
  いや、別に彼女じゃなくても傷つくのは当然の事だ。
  それが例えば‥‥彼が望んだことじゃなくても。

  「‥‥その、さ。
  総司も別に悪気があったわけじゃないと思うんだ。」
  彼をフォローするつもりはさらさらない。
  だけど、彼女の気持ちをどうにか和らげてあげたくては口を開いた。
  「昔は確かにあいついい加減だったけど‥‥」
  今少なくともが見ている限り、沖田は彼女一筋なのだと分かる。
  例えば彼女をやきもきさせたり、怒らせたりしていても‥‥
  沖田は千鶴のことを心底愛しているのだということは。

  「だからさ‥‥それには多分理由があると思うんだ。」

  例えばその上級生とやらに無理矢理された、とか、なんとか。
  いや誤解ならなんですぐに追いかけてこないんだとも思うが、そこはあえて黙っておこう。
  彼女の心の傷を更に抉る真似はしたくない。

  「だから‥‥」
  「理由を聞いてから、答えを出してもいいんじゃねえか?」

  言葉の後を攫って、土方もそう助言をした。

  「そうそう、だからさ‥‥そんなに落ち込まないで‥‥さ。」

  明るくが言ったその瞬間、

  「いえ、私落ち込んでなんかいません。」

  ひやり――

  と場の空気が凍り付くほど冷たい声を聞いた気がした。

  あれ?今何?
  なんか温度下がらなかった?

  ゆら、とその人は顔を上げた。

  「ち‥‥千鶴‥‥?」

  ふふふふ、と千鶴は笑みを零した。
  なんだろう、その笑顔がひどく、
  黒い。

  とてつもなく清々しい笑顔を浮かべているのに‥‥とんでもなく‥‥黒いものを感じて、土方は顔を引きつらせる。
  一方のは「あー」と呻くだけだった。

  「私、沖田さんを信じていますから。」

  じゃあどうしてそんな黒い顔をしてるんだ――

  「だから、全然大丈夫です。」

  にこり、と微笑む彼女に「おお、そうか」と土方は引きつった声で応えた。
  そんな千鶴を見て、は一言。



  「おい、あいつあんなキャラだったか?」
  「きっとこれも総司の影響です。」
  「なんだどういうことだ?」
  「あいつに鍛えられて強くなったって事ですよ。」
  「‥‥総司にゃ、良い薬かもしれねぇな。」
  「ええ、思いっきりぶん殴られると良い。」


  ビンタで人が殺せるか否か




  千鶴ちゃんが強くなっていくといい♪