ざあざあと、まるで桶をひっくり返したような勢いのある雨が降っていた。
  黒く濁った空から、大粒の雨が。
  その激しさのせいで前は見えない。
  激しく雨が落ちる様だけが、彼らの目の前に広がっている。

  「あーあ」
  古びた寺の軒の下。
  どうにか雨の掛からない場所に避難した沖田は、これみよがしに溜息を吐いてみせた。
  「帰れなくなっちゃいましたねぇ」
  「‥‥」
  溜息混じりの言葉に、隣に立つ土方は腕を組み、目を瞑ったまま答えない。
  そんな事お構いなしに、独り言‥‥というにはあまりに大きく、あまりに棘のある言葉で沖田は続けた。
  「あのまま素直に帰ってれば雨に降られる事もなかったのになぁ」
  「‥‥」
  「誰かさんが見回りを兼ねて遠回りしようとか言うから‥‥」
  帰れなくなっちゃったなと、沖田は責め立てるように言う。
  彼の言う「誰かさん」は、その嫌味に顔を顰め、
  「だから、先に帰ってろって言っただろうが」
  それを聞かなかったてめぇが悪いと言いたげに呟く。

  「土方さん‥‥そういうのを屁理屈っていうんですよ?」
  沖田は呆れたような顔で漸く土方を見た。
  「てめえにだけは言われたくねーよ」
  じろりと横目で土方は彼を睨み、反論する。
  「ああいえばこういう‥‥」
  「だからてめぇが言うな」
  顔を付き合わせて口を開く二人の間で、

  「――くしゅっ!!」

  小さく、遠慮がちなくしゃみが一つ。


  「‥‥あ、すいません。」
  くしゃみをした本人、は口元に手を当てて二人を見上げた。
  「どうぞ、気にせず続けて。」
  止めるかと思いきや続けろと促され、二人はなんとも言えない顔で一度見合わせ‥‥
  「‥‥いや」
  「‥‥もういいよ」
  互いに決まり悪そうな顔で別の方向に視線をやった。

  ざあざあと、降り続ける雨はまだまだ止む気配はない。
  太陽が隠れて、なおかつ空はどんより曇っているせいで、今何時なのか分からない。
  そういえばここにどれだけ立っているだろう?

  「‥‥あ、そういえば‥‥僕、今日夜の巡察が入ってたんだ。」
  思い出したと言いたげな呟きに、土方は眉根を寄せた。
  「忘れてんじゃねえよ。」
  「人間、忘れる生き物なんですよ。
  土方さんはど忘れとかしないんですか?」
  「しねぇ」
  「もうそれなりの年なのに?」
  てめぇと唸るような声が土方の口から声が漏れた。
  「俺はそんなに耄碌してねぇよ」
  いくつだと思ってやがんだと言えば、沖田は首を捻り、
  「40?」
  「総司‥‥」
  「あ、30だっけ?」
  「まだ、そこまでいってねぇ」
  「でも、あと2年じゃないですか」
  「知ってんなら言うな!」

  知ってるから言うんじゃん‥‥と彼らの間でがひっそりと、心の中でだけ呟く。

  ――ひゅ
  と冷たい風が吹き込み、雨粒が軒の下まで飛んできた。
  着物を濡らす。
  が、二人はそんな事を気にした様子もなく顔を付き合わせて言い合いを続けた。

  「土方さん、あと二年で三十路かぁ‥‥
  おじさんって呼んで良いですか?」
  「‥‥そういうてめぇはあと二年経ったらようやく二十一か‥‥」
  「そうですよ、まだ二十一です」
  はっと土方は鼻で笑った。
  「二十一になってもそのまま‥‥とかは勘弁しろよ」
  疲れたような響きに沖田はどういう意味ですか?と眉を寄せた。
  明らかに馬鹿にされていると気付いた。
  「もう少し大人になれって言ってんだ。」
  「大人?僕が、子供だって言いたいんですか?」
  「子供だろうが。」
  図体ばっかりでかくなりやがってと土方は溜息を吐く。
  立派に大人だと思っている沖田は気にくわない。
  何より、子供扱いを土方にされるのが嫌だった。
  「僕のどこが子供だって言うんですか?」
  「全部。
  つーか、おまえ自分の事を大人だとでも思ってやがったのか?」
  「悪いですか?」
  「悪い」
  「っ‥‥そういう発言、年寄り臭いですよ」
  「年寄り扱いすんなつってんだろ」
  「だって僕たちよりも9つも年上じゃないですか」
  「ああそうだ、9つも年上だからおまえはガキ扱いなんだよ」
  「っ!!」

  沖田がぎりと奥歯を噛みしめ、次の言葉を何か吐き出そうとする。

  その時、

  「っくしゅ!!くしゅっ!!」

  また、二人の間で控えめなくしゃみが上がった。
  しかも、今度は二度、立て続けに。

  「‥‥あーごめん」

  ほんとごめんと、はまた謝った。
  その時になって二人ははたと気付く。
  いつの間にか吹き込んだ雨で、着物は濡れ‥‥いつの間にか先ほどよりもが身体を縮ませ己の体温を守る
  ように腕で自分を抱きしめている事に。
  そして、
  彼女の顔が僅かに青い事に。

  それを見た瞬間、

  「おまえ、風邪ひいてんじゃねえか!」
  慌てて手拭いで濡れた頭やら顔やらを拭ってくれる土方と、
  「もう、なんでそう言うの早く言わないのさ!」
  苛立った様子で、吹き込む雨から守るように彼女の前に立つ沖田に同時に叱られた。

  いや、口を挟む余裕が無かったんじゃないか‥‥

  はなんだか釈然としない顔で二人を見遣る。

  「熱は‥‥」
  ぴたと、思ったよりも冷たい土方の手がの額に触れる。
  「ばっかやろう!」
  その瞬間、土方の顔色が変わった。
  どうやら熱が出ていたらしい。
  それが分かると、途端に頭がぼうっとしてきた。
  なんだか足下にも力が入らなくなったような気がしたが、
  「おお?」
  膝の力が抜けるよりも前に、ふわりと身体が浮かんだ。
  沖田の乾いた体臭に包まれて、自分は彼に抱き上げられたのだと分かった。

  「土方さん!」
  「ああ、走れ!」

  先ほどまで言い合いをしていたとは思えぬ息のぴったりあった二人の様子に、
  はくすくすと、なんだか楽しげに笑った。



  「こんな寒空の下でをほっぽりだすってどういうことだよ!」
  原田の怒りの声が轟く。
  「しかも、二人で言い合いしてて気付かなかったって?
  ったく、二人ともしっかりしてくれよな‥‥」
  永倉が呆れたように呟いた。
  その前に土方と沖田はどうにも罰が悪そうな顔で佇んでいた。
  「‥‥だいじょーぶかー?」
  藤堂が気遣うように訊ねると、けほっと咳き込みながらはふにゃーと締まりのない顔で笑った。
  「へーきへーき‥‥」
  「全然そう見えないんだけど‥‥」
  「へーき」
  ちょっと怠いだけだからと赤い顔で言って、それから、困ったような顔で藤堂に、
  「へーきだから‥‥
  あんまりあの二人、怒んないでやってくれない?」
  そう頼む。

  「‥‥」
  「‥‥」
  そんなのいじらしい言葉に、原田と永倉が半眼で咎めるような視線を送った。

  ますます立場のない二人に、斎藤ははぁ、と一つ溜息を吐き、

  「もう少し大人になってもらわねば‥‥」

  至極真っ当な言葉に、二人はただただ深く頭を垂れた。


  阿吽の呼吸




  なんだかんだ言って土方さんと総司は
  息がぴったりだと思います。
  この3人を書いてるとすっごい楽しくて
  仕方ない←