「って、千鶴ちゃんにとっては目の上のたんこぶじゃない?」
沖田の言葉には首を捻った。
どういうこと?と問いたげなそれに、ほら、と彼は人差し指を立てる。
「ほら、姉妹って、どちらかが優れているともう一人がそれに嫉妬するものでしょ?」
そういうものなのだろうか?
は事実上は一人っ子なので分からない。
千鶴や薫は実の姉妹のように育っていても、本当の姉妹ではない。
だから、には姉妹のなんたるかはよく分からないのだ。
沖田はそういうものだよと苦笑した。
「は美人で、頭が良くて、強い。」
その一方、と彼は続ける。
「千鶴ちゃんはまあ、顔は可愛いけれど十人並み。頭は普通だよね。それに弱いし‥‥」
「‥‥ちょっとそれは言い過ぎ‥‥」
の指摘をさらりと流しながら、あ、あと、と満面の笑みで彼は言った。
「胸、も、負けてるよね、千鶴ちゃん。」
「‥‥おまえ、それをどこで知った?」
返答次第では生かしておかんとばかりに愛刀久遠の鞘へと手を伸ばす副長助勤殿。
血は繋がらないとは言え、妹を溺愛しているようである。姉馬鹿だと沖田は苦笑を漏らしながらどうどう、と馬でも宥め
るように彼女の肩を撫でた。
「‥‥って事で、千鶴ちゃんから見たらは劣等感を刺激されると思うんだ。」
こんな出来た姉がいたら、そりゃ妹は拗くれても仕方ない。
捻くれてはいないが、時々千鶴はを見て羨んでいる事を知っている。
顔や聡明さ、特に強さに関しては彼女はただただため息を零すしかない。
彼女ほど強ければ皆の役に立てるのに。
自分がお荷物である事を痛感しているのだろう。しかしこればかりは得手不得手があるので仕方がない事だと思うのだけ
ど‥‥
「‥‥、男に生まれてれば良かったのに。」
そうしたら、千鶴がこれほどに悩む事はなかったんじゃないかという言葉に、はただ黙って俯くしかなかった。
中庭に面した縁側で、千鶴は一人いそいそと羽織を畳んでいた。
今日は天気だから、一気に洗ってしまったのだろう。
山盛りになった羽織をただひたすら真面目に畳んでいるのである。
返り血やら、泥や土で汚れていたはずの羽織がとんでもなく綺麗になっている。あ、あと誰かは蕎麦の汁を零したとか言
っていたが‥‥それも勿論綺麗に落ちているようだ。
一生懸命、彼女が洗ってくれたのだろう。
千鶴は‥‥確かに弱い。
人を殺すことも出来ない彼女は戦いの場においては足手まといだ。
それを、彼女自身も痛感しているだろう。
そして、自分がどんなに頑張っても人を殺せない事を知っている。
だからこそ、彼女は必死でそれ以外の事に役立とうとしているのだ。
ただ巻き込まれた哀れな存在にすぎない彼女が、自分たちを殺そうとまでした人間のために、必死で。
そんな彼女を見ていると、はなんだか心が苦しくなった。
彼女の心を、自分が痛ませていると思うと‥‥
「千鶴ちゃん、私が男だったら‥‥良かったと思う?」
突然、聞こえた足音と問いかけに千鶴は驚いたように目を見開いてそちらを見つめた。
大きな瞳がこれでもかというくらい開かれている。
こぼれ落ちてしまいそうだ。
は、ごめん、急だったよねと苦笑を零しながらさくさくと草を踏みしだいて彼女の傍へと近づいていった。
そして呆気にとられる彼女の横に腰を下ろすと、一度、彼女の緊縛を解くために、用意していた湯飲みを差し出した。
「どうぞ。」
「あ、ありがとうございます!」
我に返ったらしい千鶴は慌てて頭を下げて受け取ると、まず、一口を啜った。
ふわりと苦みと、ほどよい甘さが口の中に広がる。
少し、落ち着いた。
落ち着くと、今更のようにの問いかけが不思議で仕方なくて、
「あの‥‥先ほどのは一体どういう‥‥」
『私が男だったら良かったと思う?』
その問いの意図を知りたくて、千鶴は問いかけた。
はうん、と一度彼女自身も茶で喉を潤しながら頭の中に転がっている言葉を改めて選びなおした。
「姉妹ってさ‥‥どちらかが優れていると、もう一方はそれに嫉妬するもんなんでしょう?」
「‥‥は、はあ‥‥」
残念ながら、千鶴も彼女と同じ一人っ子として育てられた。
彼女はとは違って、兄がいたのだが、引き離されて育てられたのだ。
それ以前の記憶は、おぼろげにしか残っていない。
「‥‥まあ、私は千鶴ちゃんの本当の姉ではないんだけど、さ。」
「はい‥‥」
「それでも、昔は姉妹のように育ったし‥‥」
それに、と彼女は揺れる湯飲みの水面を見つめながら呟いた。
「ここでは、女の子は私たち二人なわけで‥‥」
かたや、副長助勤として毎日を忙しく過ごしている。
かたや、居候の身として慎ましやかに過ごしている。
誰も別に比べているわけではないのだけど、それでも彼女自身がに劣等感を感じているというのは確かなわけで‥‥
同じ女として、が千鶴に敵わない所だってあるけれど、それをが痛感するよりも千鶴が痛感する事が多いわけで、
「‥‥私、男だったら君の心を痛ませずに済んだかな?」
女として、
いや、それよりも姉として、
大事な妹にそんな苦しみを味わわせるなんて。
自分は、決して、優れた人間ではないというのに。
「‥‥」
千鶴はそんなを目をまん丸く見開いて見つめていた。
先ほどと同様、いやそれ以上にまぁるく見開かれたそれに、今度こそ落ちてしまいそうで。
「――」
しかし、その質問の意図を彼女なりに察したのか、千鶴は突然、唇を惹き結ぶと、真摯な眼差しで頭を振った。
「私は‥‥今のままのさんが大好きです。」
真っ直ぐな、彼女のその生き方と同じ眼差しが、をじっと見つめて、こう告げる。
「さんが女性でなければ‥‥私はこうしてお話することが出来なかったでしょうし、悩みを共有する事だって出来ま
せんでした。」
「千鶴ちゃん‥‥」
「確かに‥‥同じ女性として負けている所は多いですけれど‥‥」
千鶴は一度だけ、視線を伏せる。
恥じ入るように。彼女が恥ずべき事はなにもないのに。
それを、再びすっとあげた時には、妙に吹っ切れたようなそれで。
「でも、同じ女性だからこそ‥‥私はあなたを目標にして生きる事が出来ます。」
これが男ならば、
男と女だから仕方ないのだと、千鶴は自分を甘やかしてしまったかもしれない。
でも、相手が女性だから。
同じ女性なのだから、自分だってやれば出来るのだと。
その決して大きくはないけれど、大きく見える背中を追いかけることが出来る。
千鶴にとっては、劣等感を刺激されるものでもあり、同時に、目指すべき目標でもあるのだ。
だから、
「私は、今のままのさんが大好きです。」
今度は、花が綻ぶかのように、彼女は甘やかに微笑んだ。
あ‥‥それはどう考えても敵いっこないんだけど‥‥とは内心で思ったものだった。
「‥‥そか。」
ほっと、安堵のため息を漏らして妙に照れくさくては、小さく笑みを洩らす。
くすぐったそうに笑う彼女の横顔は‥‥なんだか綺麗で、
「それに‥‥」
千鶴はなんだか言いづらそうに続けた。
なんだろうかとそちらを見ると、彼女は目元を染めて、こう、もじもじとした様子で言うのだ。
「さんが男性だったら‥‥私‥‥」
頬がぽっと、染まった――
「なあ総司。」
道場の壁際でのんびりと隊士の稽古をつまらなそうに見つめている彼を見つけて、は声を掛けた。
「なぁに?」
「こないだ‥‥私が男だったらって話、してただろ?」
突然の話題に沖田は目を軽く開く。
無責任な事にちょっと忘れていた。確かそんな事を言った覚えがある、程度だ。それを考えていたなんては真面目と
いうかなんというかああここが血筋か、と内心で納得すると、彼女は視線を道場の真ん中で打ち合う永倉、藤堂から沖田
へと向けて、
にんまりと、
「私が男だったら、さ。」
それはもう、壮絶に綺麗な笑顔を、しかし、その目は意地悪な色を湛えて、
「‥‥千鶴ちゃん、私のものになっちゃうよ。」
爆弾発言。
「なにそれ!?」
一瞬、爆弾発言に呆気に取られるもすぐに我に返った沖田が憤慨するかのように大声を上げて立ち上がった。
そのあまりの大きな声に、道場の皆が一斉にこちらを振り向くが、沖田は構わず続けた。
「ちょ、!なにそれ!どういうこと!!」
彼にしては珍しく慌てた様子には更に優越感に浸るように目元をにんまりと細めて笑ってみせる。
「えー?だって私と千鶴ちゃん、思い合ってるみたいなんだよね。」
「おも‥‥!?」
目をまん丸くする悪友に「そ」とは人差し指を立てて言う。
「千鶴ちゃん、私が男だったら「兄妹以上の感情を抱いてしまいそうです」なんて、頬を染めて言うんだもん。」
「え‥‥」
「まあ私も千鶴ちゃんが異性だったら妹以上の感情持っちゃいそうだけどね。」
あんなに可愛いし、とにっこりと笑顔で言うと、起きたがあんぐりと口を開けた。
あ、すごい間抜け面。
千鶴にも見せてあげたいものだと内心で呟くと、次の瞬間、彼の目が殺気を帯びて鋭くなった。
「‥‥」
無言で腰の物に手を伸ばすのを見ながら、はひらりと踵を返して、笑う。
「良かったな。私が女で。」
そうでないと、彼女は今頃自分の物だと言いたげな言葉に、
「千鶴ちゃんはなんかにあげないよっ!」
沖田は抜刀しながら叫ぶのだった。
あなたは私の誇り
千鶴ちゃんの可愛さ故に新選組の皆が
めろめろです。
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