こくり。
こくりと。
視界の隅で揺れる飴色に原田左之助は気付いた。
その時になって漸く、空が随分と暗くなっている事に気付き、振り返り様に口を開いて、止める。
彼の妻、は縁側で行儀良く正座をしたまま、船を漕いでいた。
そのたびに柔らかく飴色が揺れ、ふわり、ふわりとまるで誘うように煌めく。
夫を待っている間に眠たくなってしまったのだろう。手から読みかけの書物が落ちている事にさえ、彼女は気付かない。
「。」
可哀想だと思ったが、呼びかけて目覚めを促す。
するとびくんっと肩を震わせて妻は目を開けた。
「な、なんですか?」
今まで眠っていたのを誤魔化すみたいに声の調子を張り、慌てて落ちた書物を拾い上げる。
原田はそんな妻をくつくつと忍び笑いで見遣って、
「先、寝てていいぞ。」
一段落したら俺も寝るから、と彼は言った。
その手には鍬が握られており、泥で汚れている。
夕方から手をつけだした庭仕事は思いの外熱中してしまったせいなのか、こんな刻限になってもキリがつく気配がない。
もう少しああした方が陽が当たりやすいんじゃないだろうか、こうした方が部屋から眺めやすいんじゃないか、あれこれ
考えて試行錯誤している内にどっぷりと夜も更けてしまったのである。
それに付き合っていたではあったが、やはりいつも朝早くから家事に精を出しているせいもあって、夜が深まれば眠
たくなるようである。
今までどれほど遅くまで起きていて、何日も徹夜で走り通しだったとてうたた寝をしたことなどなかったというのに、だ。
それだけ、今が平和という事なのだろう。そして、それだけ自分に心を許してくれているということなのだ。
原田はそれが嬉しいと思いながら、同時に疲れている妻が無理して起きていることが可哀想で、先に寝ているように言い
聞かせるのだけど、
「いえ。」
は頭を振った。
「左之さんが終わるまで待ってます。」
と頑なに言うのである。
「‥‥けど、なぁ‥‥」
原田は困ったように振り返った。
掘り起こした土に、苗木やら種やらがそこに散乱している。
それを放ったらかしで寝てしまって、明日雨が降っては台無しだ。
しかしながらそれをキリの良いところまでとなると、まだ暫く掛かる。
「先に寝てろって。」
頭の中でどれほど掛かるかを考えた瞬間、夫は緩く首を振って、待つ事を許さないと言った。
頑固な妻はむっと唇を尖らせ、
「いやです。」
と真っ向から反対するのである。
「いいから、寝てろって。
俺に付き合って遅くまで起きてる必要はねえだろ?」
明日も早いだろうに、と言うと、少し、琥珀が拗ねたような色を浮かべた。
「‥‥私、邪魔ですか?」
無自覚に寂しそうな声音で言うのは狡いと夫は思った。
そんな声で、表情で、懇願されれば思わず許してしまいたくなるではないか。
原田は困ったような顔になり、なんで、と訊ねた。
「なんで、無理してまで俺に付き合おうとするんだ?」
夫一人に働かせて自分だけ休む事を申し訳ないと思うからだろうか?
そんなこと、気にしなくて良い。
彼女が無理をする必要はないのだ。
自分が好きでやっていることなのだから。
と、こう彼は言うと、妻は拗ねたそれを一度逸らし、だって、と先ほどよりも拗ねた声音に甘さを含ませて、小さく、
まるで囁くように告げた。
「左之さんと‥‥ほんの少しでも長く一緒にいたいから。」
愛する人と時を共有したいから。
傍にいて、彼が思う事を感じ、自分の思う事を感じて貰って、
少しでも長く、共にありたいから。
そんな可愛い妻の我が儘に、夫はと言うと、
からん――
と鍬を取り落とし、ぽかんと、口と目とをまん丸く開いた。
ひどく驚いたような顔で固まって、
「あの、左之さん?」
何かおかしな事でも言っただろうかとが声を掛けた瞬間、
「っ」
夫の表情は怖いくらいに真剣なそれになり、大股でこちらへとやってくると手の泥を拭う事さえせずに、
「ぅわっ!?」
愛妻の身体を抱き上げた。
そして寝所の障子戸を開いて、用意していた寝床に妻を下ろした。
「さ、左之さん!?」
なに?と驚きの声を上げると、彼は明るいそれに余裕をなくした色を湛えて、いいか、と告げる。
「すぐ戻るからおまえはここで待ってろ。」
「え?は?な、なんで?」
「こんな手でおまえに触れるわけにはいかねえだろっ」
「いや、だから、なんで?」
「いいからっ」
と言う強い語調と共に、唇を熱い唇で塞がれた。
こちらの思考を全て奪うような激しいそれに、身体の芯が熱くなり、途端にもどかしいような疼きが広がり、欲しくなる。
原田が無理矢理想いを抑えるように唇を離すと互いの唇を名残惜しげに銀糸が伝った。
もう一度いいか、と念を押すように言う。
「すぐ、戻る。」
「‥‥さの‥‥さ‥‥」
「良い子にして待ってたら、ちゃあんとご褒美やるからな。」
射抜くような双眸に、欲情した色を湛えて笑った夫が立ち上がった。
そしてばたばたと駆けていく足音に、はこれから始まるだろう甘い時間を予感して、嬉しいと思いながらも恐ろしく
なる。
恐らく、いや、絶対、今夜はいつもよりも激しくなるのだろう。
逃げたい、と思わないでもなかった。
だが、きっと逃れられない。いや、逃れたくない。
身の内から溢れる愛する人への激しい想いに、それを伝えたくて身動ぎ一つせずに待っていると、やがて夫が戻ってくる。
「大人しく待ってたな。」
えらいぞとまるで子供を誉めるような言葉を掛けながら覆い被さる夫は、口づけを額に落とし、帯紐に手を掛けた。
「さの、さっ、ン。」
すぐに唇を貪られ、肌をさすりながら撫でられ、暴かれる。
求めるように逞しい首に縋り付くと気をよくした夫は己も着物を乱して、逞しい胸に包み込んで、
「覚悟は出来てるよな――」
壮絶な色香を醸しながら、囁いた。
明日はきっと、二人揃って寝坊だ。
あなたのそばがすき
碧血録を見て、どうにもこうにも我慢なら
なかったので幸せいっぱいな左之さんが、
書きたくなった!!
艶に突入したけど普遍的な幸せが好き!
ってか左之さんには幸せになってもらいたいの!!
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