部屋に戻ると何故か助勤の姿があった。
土方は一瞬、自室と間違えたのかと思うほど、彼女は部屋でくつろいでいた。
思わず、
眉間に皺が寄る。
「なんでてめぇがここにいる?」
「ちょっと土方さんの顔を見に」
顔を見にとか言いながら主より先に部屋に入ってるんじゃねえよと突っ込みたくなる。
しかし突っ込んだら彼女の思うままだ。
話が脱線する。
「そうじゃねえだろ。
なんでここにいるんだ?」
再度訊ねれば彼女はにこにこと笑顔で、
「だから、土方さんの顔を見に。」
と答えた。
「‥‥」
とりあえず腰を下ろして真っ向から睨み付けてやる。
その目は、
いいから吐け
とでも言っているようだ。
はひょいと肩を竦めた。
「別に私がここに来たっていいじゃないですかー」
今度は開き直るつもりらしい。
いや別に悪いとは言っていない。
ただ理由を言えと言っているだけなのだが。
「私と土方さんの仲なんですし」
「どんな仲だ‥‥つか、そういう言い方やめろ。
誤解されるだろうが」
土方は面倒そうに手を振った。
「私と土方さんがそういう仲だって?
私は構いませんけど?」
「俺が構う。」
ぴしゃりと言って、それから三度目の、
「で、どうしておまえがここにいる?」
質問。
その瞬間、はくそと内心で呟いた。
どうあっても誤魔化されてくれないらしい。
さすが鬼の副長‥‥細かい。
細かすぎる。
「そんなに細かいとお嫁さん来てくれませんよ?」
ぼそりとは負け惜しみみたいに呟いた。
そうすれば、そんなものはいらねぇとばかりに鼻で笑い、
「で?」
と彼はに促した。
降参‥‥である。
ははぁと盛大な溜息を漏らすと、分かりましたよと言ってから、渋々といった感じに口を開いた。
「実はですね‥‥」
口を開き、すぐに彼女は何かを思いだして顔を顰めた。
心底嫌そうな顔だ。
「私の部屋に‥‥あいつがいるんです」
重たい口を開いて、そう告げる。
「あいつ?」
土方は眉を寄せた。
あいつ‥‥誰のことだろう?
「あいつですよ!あいつっ!!」
そんな彼の様子に、は鈍いなぁと言いたげに口調を荒げた。
「だから誰だよ‥‥」
「人の部屋にふわふわと勝手に入ってきて、自由きままに動き回るあいつです」
「総司か?」
「違います!」
総司は自由気ままに歩き回りません、どっかと腰を下ろして胡座でも掻いてますよと言われ、ああそうかよと彼は
疲れた溜息を漏らした。
「じゃあ、誰だよ」
そんな勝手な事をの部屋でやる幹部などどこにもいないだろうに‥‥
と言えば、彼女は今度こそ、顔面を真っ青にしひくっと口元を引きつらせた。
それで土方には分かった。
ああ、そういえば、と。
今は春で、この時期に勝手に入ってくる彼女が苦手なものといえば、あれだ。
「ちょう‥‥」
「わー、口にしないで下さい!」
べちん!!
口を塞ごうとしたの手が、思いっきり彼の口を叩いた。
思わず鬼の副長が呻くほどだ。
痛みに一瞬顔を顰め、てめえと殺気みなぎる眼差しでそんな事をしでかした彼女を見るが、ぶっちゃけそれどころじゃない。
は目を血走らせていた。
反論したら殺されそうだ。
「うっかり名前でも呼んでここに来ちゃったらどうするんですか!」
来るか、犬じゃあるまいし。
半眼で睨んだ後、土方は溜息を零した。
分かったからもう呼ばねえよと彼女の手の下で言ってから、その手を掴んで外す。
露見すると、もやはり情けないと思ったのか、正座をし俯いて少々神妙な面もちになった。
土方に言わせると、
「たかだか虫」
である。
まあ苦手というならば仕方ない。
逆に弱点がないほうが不思議なのだ。
「‥‥そういやおまえ、なんであれが苦手なんだ?」
問えば彼女はきっとこちらを睨み付けて口を開いた。
「気持ち悪いから」
「‥‥」
普通、あれは綺麗と称される事が多いだろうに。
嫌いな人間からすればそうなるのか‥‥なるほど。
「だって、ふわふわと浮いてるんだか落ちてんだかわかんない飛び方するんですよ!」
しかも、
と彼女は力説した。
「私に近付いてくる!」
「そりゃ‥‥」
と土方は、当たり前のように口を開いて、
「おまえが、そんないいにおいさせてるからだろ」
悪気などなかった。
世辞でもなかった。
ただ、事実を事実として口にしただけだったのだが‥‥
ふと、
変な沈黙に気付いて今し方自分が口にした言葉を反芻してみて、
『おまえが‥‥いいにおいさせてるからだろ』
ふわりと風が吹くたびに彼女から香るのは、どこか花を思わせる甘い香り。
それは、蝶でなくとも引き寄せられてしまいそうなそれで。
「恥ずかしい人」
「うるせぇ」
からかう声も、吐き捨てる声も少し低く。
二人の顔は、端から見ても分かるくらいに‥‥赤く、染まった。
甘いふたり
土方さんはたまに、素で恥ずかしい事を言う人。
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