闇の中に白刃が煌めく。
  ざぁと衣と、肉を裂く音と、短い断末魔が、月明かりの差さない路地裏に響いた。
  最後にどさりという何かが倒れる音。

  闇に完璧に同化している男は、そこで漸く一つ溜息を零す。

  倒れた死体を見遣って、さてこれをどうやって運ぼうかと思案していると、
  「っ」
  風が動いた。
  気配さえ感じさせずに背後に立ったその人に、山崎は目を見開いて振り返り、

  「私」
  聞こえた声に刃を振り抜こうとした手が止まった。
  「助勤。」
  闇から現れたのは彼のよく知る人だ。
  刃を抜かれたというのに相変わらずの笑顔。
  冷や汗を浮かべたのは山崎の方だ。
  何故なら、彼があと少しでも反応が遅ければ、もしくは、彼が完全に刃を振り抜いていれば、
  斬られたのはではなく、
  彼の方だから、だ。

  そんな凄腕とは思えぬ締まりのない上役に、山崎は頭を下げた。

  「‥‥おおかた終わり?」
  「はい。」
  倒れた男へと視線をやり、それから虚空を見つめては目を細めた。
  「えっと、これで合計、何人だっけ?」
  「十二です。」
  十二人も今日は斬ったらしい。
  今日は大量だったなとまるで人を斬ったとは思えぬ口振りで彼女は呟く。
  「あとは、これ片付けたら終わり?」
  「はい。」
  「そんじゃさっさとやっちゃおう。」
  は空を見上げて呟いた。
  直、夜が明ける。
  それまでには屯所に帰戻らないと。

  「助勤、これは自分が‥‥」
  倒れた浪士を引っ張り上げようとした彼女を、山崎は制した。
  いかに凄腕の剣士、とはいえ彼女の腕は細すぎる。
  倒れた浪士は少しばかり大柄で、彼女が持ち上げるのは大変だろう。
  「あ、そう?」
  はそれじゃ、と彼の好意に甘えることにした。

  ずる、と山崎は巨体を引き起こした。
  そのままやや引きずる形で、人目につかない場所まで運ぼうとした所で、

  ピイイイイ!!

  甲高い笛の音が聞こえた。

  「あ、見つかった。」
  さして切迫していない様子で彼女は呟く。
  笛の音と共に足音が近付いてきた。
  その音は近かった。
  意外にも早く見つかったみたいだ。

  「仕方ないな、それ置いていこう。」
  はこともなげに言ってみせる。
  しかし、と山崎は躊躇うような素振りを見せた。
  「この男の死体が今見つかっては‥‥」
  それはまずいと山崎が言えば、はにやりと猫のように笑った。

  「こうすれば‥‥」

  そうして、刃を抜き去り、風を唸らせながら白刃を振り上げ、

  「っ」

  山崎へと向けて、一閃させた。

  ざん――

  何かを断ち切る音がする。
  振り上げた刃と共に、空をぽんと軽く飛ぶ物があり、山崎はそれを目で追いかけた。
  黒い塊。
  それは空へと一度舞い上がり、やがて、
  すとんと、の元へと落ちてくる。
  は落ちてきたそれの、
  髷を無造作に掴む。

  「こうすれば、問題解決。」

  寸分違わず、山崎の腕にあった死体から首を取り落とした凄腕の剣士は、返り血を頬に浴びていた。
  血生臭い状況にもかかわらずいっそ爽快に、
  笑う――



赤い世界で嗤う



山崎さんと、お仕事中の図。
2人はこんな感じで黙々と仕事をしてます。