男の性的欲求というのは、女のそれよりも多いというのを昔、悪友に教えて貰った。
それには個人差というものがあるようだが、大抵‥‥一月も二月も抑え込まれてしまうと大変な事になるのだと。
その『大変』というのを深く追求はしなかった。
ただ、そういえば戦場に一月も二月も押し込まれた武者たちは‥‥帰るなりやたらぎらついた顔で色町に出掛けていたな
と思い出した。
それはそう言うことだったのかと、その時漸く分かった。
「女の人を抱きたくないって男はいないよ。」
真っ当な男ならば正常な事だと彼は言った。
なるほど。
――男には色々とあるらしい。
色々と。
「‥‥で、土方さんはいいんですか?」
自室で黙々と仕事を片付ける男には問いかけた。
集中していたせいで彼女の話を半分しか聞いていなかったのだろうか?
何を言われたのか分からず、眉根を寄せて顔を上げる。
なんだ?
と訊ねれば、彼女は長椅子の端にちょこんと座ったまま、だから、と口を開く。
「出掛けなくて‥‥」
他の隊士達のように出掛けなくて良いのか?と。
なんだそのことか。
土方はこともなげに言ってのける。
「俺は仕事が残ってるからな。」
とんとんと手元の書類を指先で叩きながら肩を竦めれば、はそうですか‥‥とまだ納得していない様子で呟く。
なんだ、まだ何か言いたいことでもあるのだろうか?
ふと手元の書類に目を落とし、再度口を開いた。
「俺は別に無理してるわけじゃ‥‥」
残って仕事をしているのは仕事が立て込んでいる‥‥のはその通りだが‥‥そのせいではない。
確かにこの一週間、来るや来ないやの新政府軍の動きにぴりぴりしていたのは隊士達だけではなく、指揮官である土方も
同じだ。
精神的に疲れていないかと聞かれれば彼も疲れてはいる。
でも、他の隊士達というほどではなくて‥‥
「土方さん‥‥たまってません?」
唐突にが問いかけた。
土方は眉根を寄せて、
なにが?
と心の中で訊ねる。
そうすると彼女はやけに真剣な面もちでこんな事を言ってきた。
「性欲‥‥たまってません?」
ずる――
思わず、肘掛けについていた肘が滑った。
そのまま無様に顔をぶつけてしまいそうなのを慌てて体勢を立て直して、男は顔を顰めた。
まさか女の口からそんな言葉がひょいひょいと出てくるとは思わなかったのである。
「お‥‥おまえなぁ‥‥」
なんてことを言うんだと男は呆れたように溜息を吐く。
女が「性欲」とか言うな。
おまえは本当に恥じらいがねえなと心の中で文句を言うと、だってとは唇を尖らせた。
「男の人って‥‥そういうもんなんでしょ?」
「‥‥」
まあ、悲しいかなその通りだ。
女が想像しているよりも男は動物的な本能で生きている。
こと性欲‥‥種の存続という事に関しては、女よりも旺盛だろう。
それは認める。
自分も若かりし頃は随分と派手だった。
別に枯れたわけではない。
ただ‥‥あの頃よりはちょっと落ち着いただけだ。
‥‥ちょっとだけ。
男は誰に言うわけでもないのに心の中でだけ言い訳。
難しい顔で眉間を揉む男には「で」と首を捻って訊ねる。
「たまってません?」
「‥‥おまえ、俺になんて答えてほしいんだ?」
「正直に話してほしいです。」
至極真面目な顔で言われ、土方ははぅと溜息を吐いた。
昔から真っ直ぐな女だと思っていたがこうも直球で訊ねられると困る。
これが興味本位やからかうためというのならば馬鹿馬鹿しいと一蹴も出来るが‥‥彼女はどうやらこちらの身を真剣に案
じてのようだ。
そんな心配などしなくていいというのに。
「‥‥そりゃ‥‥たまってるに決まってるだろ。」
男は恥ずかしいやら、情けないやらといった気持ちで本心を吐露する。
ああそうだ。
彼女の言うとおり、彼とて男だ。
勿論、たまっている。
当然だ。
「‥‥」
吐き出してしまってから、ちらりとの反応を見遣る。
そう言えば彼女はどう反応するのか気になった。
は真剣な顔で一度己の膝に視線を落としたかと思うと、
再び、
こちらを見て、
「行ってきていいですよ。」
意を決したように口を開いた。
ぴく、と男は片眉を跳ね上げる。
行ってきてもいい‥‥それは、
「‥‥色町に行って来てもいいって事か?」
色町でこのたまった性欲とやらを吐き出してこいということだろうか?
そう問いかければはこくりと頷いた。
その反応には男は思いきり不機嫌そうに顔を顰めるしかない。
馬鹿な事をと吐き捨ててやりたい気分だ。
「あのなぁ‥‥」
ばさりと書類を放り投げ、椅子の背凭れに思い切りもたれ掛かる。
そんな事を言われて仕事どころではない。
土方はぎしりと軋む背凭れに強く背を押しつけ、ぎりぎりと奥歯を一度噛みしめて、気分を落ち着かせるようにしてから
再度口を開いた。
「‥‥なんで俺が色町で女を買ってまで、んな事しなきゃならねえんだよ。」
そう言われては困ったように眉根を寄せて、
「そりゃまぁ、お金を使わないにこしたことはないですけど‥‥」
ぶつぶつとそう呟く。
――違う。
そうじゃない。
男ははぁ、ともう一度深い溜息を吐き、不機嫌さ丸出しでぎろっと睨み付け、
「なんで、好きな女がいるのに別の女を抱かなきゃならねえんだって聞いてるんだ。」
とこう告げた。
一瞬、は何を言われたのかきょとんとした顔でこちらを見つめられ、男は更にやけくそ気味に言う。
「おまえの事だよ。」
「‥‥あっ!」
続いて告げられた言葉に、は大きな声を上げて、見る見るうちにその顔を赤く染めていく。
はっきりと好きな女は自分の事だと言われ、恥ずかしそうに視線を落とすその様子に‥‥ちょっとだけ男の機嫌は良くな
った。
欲求不満なら色町に出て女を抱いていい‥‥などと、想いをしかと告げた自分になんともひどい事を言ってくれたものだ
と思ったものだが‥‥彼女は決して自分の気持ちを疑っているわけではないらしい。
ただ、本当に彼の身を案じてくれたというところなのだが‥‥なんともこう、彼女は無駄に心が広いというか‥‥
「‥‥なんだ?俺が色町に出掛けるって言ったらどうするつもりだったんだ?」
俯いてしまった彼女に試しに聞いてみた。
もし、自分が言うとおりに外で別の女を抱いて、鬱憤を晴らすと言えば彼女はどうしただろうかと。
するとは一瞬、迷うように視線を彷徨わせた。
「そりゃ‥‥心境は複雑ですけど‥‥」
「‥‥」
「‥‥でも‥‥土方さんがそうしたいって言うなら‥‥」
受け入れます。
とこう言われ、男は脱力した。
彼女は浮気を認めると言ってのけたのである。
自分が逆の立場なら嫉妬に狂って、相手の男を斬り殺している所だ。
「おまえ、それでいいのか?」
いちいち小うるさい女は苦手だ。
でも、少しくらい自分を縛り付けても彼女は罰が当たらないと思う。
我が儘の一つも言わない女だ。
というか、ここは逆に我が儘を言って欲しい所である。
『自分以外には触れないで』
とかなんとか。
こういう所を許されてしまうと‥‥彼女は自分を本当は好いてなどいないのではないかと不安になってしまう。
「良くは‥‥ないけど‥‥」
そんな事を考えているとは俯いたまま小さく呟いた。
眉間に皺を刻み、心底面白くないといった顔で、でも、と緩く頭を振る。
「土方さんが望むようにしてくれるのが‥‥一番良い。」
「‥‥」
「私、土方さんに無理させたくないもん。」
くらん、
目眩がした。
男はばったりと机に突っ伏す。
「ひ、土方さん!?」
突然突っ伏した男には驚きの声を上げて駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか!?
もしかして具合悪いんですか!?」
なんてまったくもって見当違いの心配をしてのける彼女に溜息を禁じ得ない。
いやまぁなんというか‥‥あれだ、
うっかりときめいてしまったのである。
『私、土方さんに無理させたくないもん』
なんて、いじらしくて可愛い言葉に、ときめいてしまったのである。
そらもう目眩を起こすほどに。
ああくそ、どうしてこいつはこんな‥‥
聞き分けがいいというか、人に遠慮しすぎるというか、馬鹿というかなんというか。
「‥‥だ、大丈夫ですか?」
額を押さえながら顔を上げれば、こちらを覗き込む彼女と目があった。
琥珀の瞳は本当に自分を心配しているようで‥‥なんだか‥‥不謹慎だけどおかしくて、笑みが漏れた。
「土方さん?」
「‥‥悪い。」
本気で心配しているというのに笑ったりなんかしたら失礼だ。
でも、おかしくて、止まらない。
男はくつくつと喉を震わせて笑った後に、そっと、手を伸ばした。
自分のそれよりも随分と細くて心許ない指に、自分の指を絡めて、引き寄せて、
「っ!?」
口づける。
途端、はびくっと肩を震わせ、かーっと頬を染めていく。
これは最近知った事なのだけど‥‥彼女は‥‥惚れた男の前では、可愛い女になるらしい。
こうして触れるだけで照れてくれるのも、自分の前でだけだ。
愛おしくて堪らない。
「‥‥おまえだけだよ。」
ちぅと柔らかな指先に唇を押し当てながら彼は囁いた。
なにを‥‥と問い返すほどの余裕はにはない。
ただ、ぱくぱくと口を金魚のように開閉させるだけ。
「俺がこれから欲しいと思うのはおまえだけだ。」
触れたいと思うのは、
抱きたいと思うのは、
彼女だけだ。
例えば彼女の言うように、性欲とやらが限界までたまったとしても‥‥
欲しくて欲しくて堪らないくらいに欲求がたまったとしても‥‥
「俺は、おまえ以外は抱かない。」
固い爪ごと、指先を軽く噛む。
上下の歯で緩く痕を残すように食めば‥‥の瞳が切なげに細められた。
それを見て、やっぱり欲しいと思うのは彼女だけだなと思いながら、土方はに、と口の端を引き上げて笑う。
だから、
「おまえは安心して‥‥俺に手を出されるのを待ってろ。」
きっといつか、
いや、近い将来、
この戦いが終わったときには必ず、
男は女を求めることになるから――
愛の予約
リクエスト『土方さんの甘いお話』
箱舘での副長との一時。
恐らく、彼はずっと五稜郭に詰めっぱなしなんだろうなと
んでもって、隊士たちが出かけている間も仕事してるんだ
ろうなと、それでも彼だって鬱憤たまるだろうなと、そう
思ったら出来上がった作品です。
しかし、甘さってなんですかぁあああああ!?的なお話で
申し訳無い!!
甘さを求めると副長は若干エロさも出さないといけないの
か三剣の頭は!!
いつか直視できないくらい甘い作品書いてみたいです☆
リクエストありがとうございました!
2010.12.11 三剣 蛍
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