確かに私は平助の事は好きだ。
他のどの友達よりも話しやすいし、からかいやすい。
体のいい玩具かと聞かれるけれど意外と彼は頼りがいのある男でもある。
面倒見が良いから相談事には親身に乗ってくれるし、頭も悪くないからちゃんと答えも導いてくれる。
たまにネガティブの嵐に入り込むと面倒くさいことがあるけど、それでも平助と一緒にいると楽しい。
ずっと、こいつとは一緒にいたいと思うくらい。

でもそれって友達として?
恋人として?

聞かれると困るんだよね。
だって、
友達よりももっと親しい感じだけど恋人っていう甘い感じはしないんだもん。

敢えて言うなら腐れ縁?

私はそれが一番しっくりくるような気がした。

その日までは――



夕日に照らされた地面に長く伸びた影が重なる。
影は曖昧に。
だけど、二人の姿は確実に。
重なり、触れる。
平助の目が大きく見開かれていたのが分かった。
彼は、驚いていた。
驚いて、彼女を受け止めていた。

長い陽に焼けた茶色い髪が揺れている。
その色は夕日に染まって、赤く、映えた。


友達以上、恋人未満。

そう思っていた関係は、この瞬間に脆く、崩れた気がする。

――毎年、たった一つだけ用意していたチョコレートは、あえなくゴミ箱に直行する事となった。



朝の7時。
私はいつもより一時間早めに家を出て、足早に通りを歩いていた。
いつもと違う時間だからすれ違う人に見覚えのある顔は、ない。
知っている人もいないのだから挨拶をされる事もなく、私もする事もなく、ただ足早に会社に向かうために足を動かした。
別に職場までが遠いわけでも、朝から用事があるわけでもない。
ただ、私は早くここを通り過ぎたかった。
その、通りを、一分でも早く。

マンションから駅まではその道を使うしかない。
車通りはほとんどなく、賑やかな会社や店もない。
あるのは公園と、小さめのマンションと、それから‥‥直に左手に見えてくる、幼稚園。
いつもならば黄色い帽子をかぶった園児たちが楽しげに挨拶を交わす声と、それから、そいつの声が聞こえた。
子供よりもずっと元気な声が聞こえるのを毎朝聞いていた。
それが‥‥今朝は、聞こえない。

それを寂しい、と思う感情が少しはある。
でもそれ以上に、聞きたくないと思う自分が、確かにいた。

「‥‥」
ちろ、と横目で幼稚園を見遣る。
堅く閉まった門を見ながらほっと胸をなで下ろして私は足早にその前を通り過ぎた。
通り、過ぎようとした。

「よ、。」
「っ!?」
丁度、今はまるきり元気のないひまわりの鉢の前を過ぎた所だった。
ひょいと低めの塀から顔が覗いて、声を掛けられる。
私は危うく飛び上がりそうになり、慌てて鞄を抱えるようにしてそちらを振り向いた。
振り向かなくても、声を掛けたのがそいつだって分かっていた。
「へ‥‥すけ‥‥」
エプロンをして、すっかり仕事モードの平助が、そこに立っている。
にかっと白い歯を見せて笑っていた。
「はよ、
今日は随分と早いんだな。」
いつもと違う時間だっていうのに、平助はいつもと変わらずに、私に挨拶をしてくる。
「もしかして、早朝会議とか?」
邪気のない問いに、私は後ろめたさがあって視線を背けてしまった。
「‥‥そんなとこ、かな。」
「そっか‥‥大変だな。」
「‥‥‥うん。」
「オレん所はそういう面倒くさいのないからなー」
そういう所は楽なんだけどな、とかなんとか言ってるのが右から左へと流れていく。
私はうん、うん、と曖昧に答えながら視線は終始他へと向けていた。
平助とは、合わせない。
まるで急いでいるんだと言わんばかりに視線を前だけに向けていた。

「ところでさ!」
ひとしきり一人で話した後、突然声を上げ身を乗り出すようにして話し始める。
「昨夜はなんで来なかったんだよー
オレ、おまえがこないだのDVD持ってきてくれると思って楽しみにしてたのにさ。」
平助は言って、むぅっと不満げに唇を尖らせる。
昨夜‥‥という言葉にじりっと胸の奥が痛む。
思わずフラッシュバックする景色に気付かれないように奥歯を噛みしめて拳を握りしめてやり過ごすと、ごめん、と私は乾いた声で謝った。
「昨夜、ちょっと疲れて寝てた。」
「疲れてー?」
そんな私を平助は心底信じられないという顔で見る。
「ぶっ倒れるのはオレの部屋‥‥っていうおまえが?」
彼の言いたい事は、よく、分かる。
私は疲れていようが具合が悪かろうが‥‥毎日のように平助の所に行った。
家で一人でぶっ倒れた事はなくて、大抵は平助の家で、だ。
お陰で平助は私の看病におわれることになったことはしばしば‥‥で、病人の扱いはお手の物、である。
具合が悪いなら無理して来るなと前に言われた事があるんだけど、なんていうか、平助の顔を見ないと一日が終わらないというか‥‥そんな感じだったんだ。
確かに昨日までは。
でも、昨日は行かなかった。
毎日のように来ている人間が突然来なくなったら、そりゃどうしたのかって不思議がると思う。
「ごめんごめん。
気付いたら朝になってて、さ‥‥」
もう限界だったみたいなんだよね、と笑って誤魔化しておく。
平助は言及しなかった。
ただ、そっか、と曖昧に零しただけで‥‥だけど、視線がずっと注がれている事には気付いた。
私の横顔に。

平助はきっと、気付いている。
私がずっと、彼を見ていない事。

気付かないわけがないのに、気付かれた事がなんだか怖くて、

「‥‥ごめん、ちょっと急いでるんだ。」

私は何かを言われる前にそう切り出していた。
彼の返答も待たずに、歩き出す。

!」

そんな背中に、平助は声を掛けてくる。
なに?と応える声に苛立ちが混じって、出た。
多分顔だってきっと不機嫌そうだ。
私を見て、彼は、一瞬驚いたような顔をして、

「どうか、したか?」

心の底から心配するように聞いてくる。
いつもと、
なにも、
なにも、
変わらずに。

何も、変わっていないはずだった。

なんの変哲もない朝も。
私も。
平助も。
何も、変わっていないはずだった。

なのに、
変わっていない平助に、私はひどく腹が立った。

「平助には関係ないよ――」

私と平助は腐れ縁で。
友達以上恋人未満の関係は変わっていないはずなのに、それがひどく‥‥腹立たしいと思った。



平助と喧嘩をした事は何度だってある。
大抵は些細な事だったけど、喧嘩のたびにお互いに言うだけ言って‥‥それで気付いたら二人して笑っていた。
私は割と淡々と、
平助は熱くなって、
でも、二人とも言いたい事は言った。
腹の中からぶちまけた。
だから、私たちはずっと仲良くいられたんだと思う。

それじゃ‥‥私がこの腹に渦巻いているものをぶちまけなかったら‥‥
私と平助は終わってしまうんだろうか?
友達にも恋人とも違う、ただの他人になってしまうんだろうか?

だけどでも、
この腹に渦巻いているものをぶちまけたら‥‥

それでももう今までの関係でいられないのだろう――



「‥‥‥‥‥‥」
今日は失敗に失敗を重ねて散々な一日だった。
これでもかというくらい上司に怒られ、同僚からは心配された。
怒られるのもツライけれど心配されるのはもっとツライ。
だって、下らない理由だから。
そんなもので心配や迷惑を掛けてしまうなんて‥‥社会人としてどうなんだろう、と私は自分を罵った。

いつもよりも早く家を出たのに、いつもよりも遅い帰宅とあいなった私は、マンションの自室の前まで来て、足を止める。
疲れていた私の顔は一気に驚きのそれになっただろう。
それを見て、そいつは「よ」と片手を上げて決まり悪そうな様子で言った。
「平助‥‥」
なんで、ここに。
疲れ果てて頭は若干回らない。
それ以上に突然の事で動揺してしまって、私の頭は一瞬にして思考停止してしまった。
「ちょっと‥‥話、あってさ。」
そんな私に笑いかけながらぺしぺしとお尻についた埃を払いつつ、立ち上がる。
「悪いけど、家、入れてくんない?」
ずっとここに座りっぱなしで冷えちゃってさ、と平助は苦笑で言った。
正直、
嫌だと思った。
でも、平助の真っ直ぐな視線はそれを許さない力があって‥‥

「‥‥好きにすれば‥‥」
投げやりな私の言葉に平助は「悪いな」と言っただけだった。


「昨日、キスされてたよね?」
いつもの平助なら絶対に狼狽えただろうに、彼は狼狽えもしなければ驚きもしない。
詰るようなその言葉にただ目を眇めてみせただけで、気まずく視線さえ逸らさなかった。
ただ、私をじっと見ている。
まるで、それでどうしたい?
と言われているみたいで、私はひどく苛立った。


部屋に通しても何も言わない平助に、とりあえず寒かっただろうからとコーヒーを入れて、私もそれを飲んでいた。
疲れているはずなのに眠気は一向に来ない。
それどころか緊張してしまって目が冴えている。
いつもは平助と二人でいるとああでもないこうでもないと下らない話題で盛り上がるのに‥‥今日は二人とも言葉を忘れてしまったかのように黙り込んでいた。
居心地の悪い沈黙に、先に根を上げたのは私だった。
色々言いたい事はあったんだけど、気付いたら、その言葉が漏れていた。

「昨日、キスされてたよね?」

知らない女の子に。

その言葉で平助の視線が真っ黒いコーヒーの水面からこちらに向けられる。
おっきな、犬みたいなくりくりした目が私を見ていた。
私は、直視できなくて逸らしたままで、もう一度、

「キス、されてたよね。」
と呟く。
問いかけ、ではなく確認。
平助は少しの間の後に、うん、と頷いた。
どこかで否定して欲しいと思っていたらしい私は‥‥ずきりと胸が痛んだのが分かった。
どうして痛むのかは分からない。
彼が言ってくれたなかったからだ、と決めつけたけれど、聞いた今は痛みが昨日よりも増している。
じゃあどうしてなのか‥‥は、何故か考えるのを心が拒否した。
だから、私は床を睨み付けたまま、黙り込んだ。

なんで、とか、聞くのは馬鹿げている。
したのは相手であって、平助じゃない。
でも、平助は拒まなかった。
拒まなかったのは驚いたからか、それとも相手に好意があったからか分からない。
そもそも、私には何も言う権利はない。
平助が誰かを好きになるのは平助の自由。
誰かとキスするのも、そう。

でも、私は――

「‥‥もしかして、‥‥機嫌悪ぃのそのせい?」

平助がぽつんと訊ねる。
いきなり核心に触れられた。
私は思わず顔を顰めて、奥歯を噛みしめる。
その横顔を、じっと‥‥朝と同じように平助はじっと見ていた。
そうして、朝はしなかったけれど、

「なあ、なんで?」

追求した。
されたくなかったのに。

「――しらないよ。」

私は投げやりに言い捨てる。
どうして平助が他の女の子とキスしてて、不機嫌になったか‥‥
そんなの分からない。
ううん、分かりたくなかった。
だから考えずに放り出した。
平助の顔を見なければそれは考えなくて済むと思った。
いつか消えてくれるって思ってた。
勿論そんなわけはなくて、心の奥に出来た痼りは段々と膨らんで大きくなっていく。
私を飲み込むみたいに大きく。
それはきっと私が受け止めない限り続くんだと思う。
でも、それでも、私は考えたくなかった。

「ただ、ムカついた‥‥それだけ。」
「それだけ、じゃねえだろ。」
「それだけだよ。いいじゃん、そんなのどうだって‥‥」
「良くねえよ。」

平助は言って、すっくと立ち上がる。
そうして大股で私の前までやってくると、がしっと私の肩を掴んだ。
知っていたはずの手の大きさに私はびっくりして、身体を震わせた。
遠慮無く掴まれた力は強くて、痛い。
今まで手加減されていたのをいまさらのように知って、なんだか悔しくなった。

「ちゃんと考えろよ。」
平助は私の顔を覗き込もうとする。
私は拒んだ。
嫌だと言って顔を背けて、平助の胸を押し返す。
子供みたいな顔してるくせに‥‥その胸板が厚くて‥‥力強い。
男の人だったんだって思い出した。
、ちゃんと考えろ。」
「やだ‥‥」
「やだじゃねえよ、考えろ。」
「いやだっ」
!」

びくりと。
身体が恐怖で震えるほど、平助が強い声で私を呼んだ。
強ばった顔を向ければ真剣そのものの目が私を見つめている。
それでも、平助は怒ってはいなかった。
私の我が儘を、子供じみた我が儘を、真っ直ぐに受け止めて、
一生懸命考えてくれていた。
いつもしてくれていたように、
一生懸命、
答えを探そうとしてくれていた。

平助は何も‥‥変わってない。
私を未だに見放さずに、ここにいてくれる。
変わったのは私だ。
私の中で何かが変わった。
認めたくなかった。
変わったら終わってしまうと思ったから。
この関係、
優しくて、
暖かいこの、関係が‥‥

「だって‥‥っ‥‥」

言っちゃいけない。
口にしちゃいけない。
そう思うのに、止まらない。
想いは勝手に暴走をはじめて、平助に全てを晒そうとする。

「すき、だから‥‥」

平助が、私は、好きだ。

だから、他の女の子とキスしてるのを見て‥‥腹が立った。
嫉妬なんだこれは。
簡単な答えだ。
でも、それを認めるのは、怖かった。
私と平助は‥‥友達以上、恋人未満の関係。
何ものにもならない、曖昧で、だけど楽な関係。
それを壊すのが恐ろしかった。

「‥‥平助が、好きだからっ」

一度流れ出したものは、もう、止められない。
想いの激流は私の唇から最後には嗚咽となってこぼれ落ちる。

「へいすけが‥‥」
平助が、好き。
平助だけが、好き。
今考えたら‥‥ずっと前から、彼の事が好きだった。
じゃなかったら、チョコなんて用意しない。
男として見てなかったならばそんなのもの用意してない。
たった一人だけになんて特別に、あげてない。
「‥‥へぇ‥‥すっ――」
平助と甘えたように零れた呼び声は、途中で吸い込まれて、消える。
唇に、感じた事がない熱と、柔らかさを感じた。
驚いて目を見開くと目の前に‥‥平助の目を閉じた、顔。
あれ?これ、なに‥‥?
思考が一瞬停止して、私は食い入るように平助の目元だけを見ていた。
やがて緩やかに唇に押し当てられたそれが食むように動いて、あ、これ、平助の唇だ‥‥と思ったとき、目眩がしたのを覚えている。


「な、なんで‥‥キスするのさぁ‥‥」

情けなくもしゃっくりを上げながら私は平助の背中をポカと殴る。
胸を殴れなかったのは抱きしめられているからだ。お互いの胸がぴったりと合うように抱きしめられて、間に手を差し込む隙間だってない。だから、背中。
というか、私はその背中に縋っていたのだから、そうするしかなかった。
「なんで‥‥って‥‥おまえな。」
平助の声が耳元で聞こえる。
耳元だからか、いつもよりも低くて、だけど知らない人のように熱い声。
そんな所で喋るなと私は思わず言いそうになった。
平助の今の、その、声、結構やばい。
ぞくっとする。

「オレだって、おまえのこと、好きだからに決まってんじゃん。」

だから、その声、やばいってば。
そんな声で好きとか、言われたら、やばい‥‥って。

「好きとか、うそ‥‥つくなぁ‥‥」

力のなくなる声が、甘えた響きを湛える。
平助もそれには気付いていた、かな。
ひくっと喉を震わせて‥‥笑ったのか、息を飲んだのか分からないけれど、なんだよそれと不満げに言って、更に背中を抱く手に力を込める。

「嘘じゃねえ、本当だし。」
「嘘‥‥絶対、嘘‥‥」
「そっちこそ、嘘、なんじゃねえの‥‥」
「私は、嘘じゃ‥‥ないっ」
「だったらオレだって嘘じゃねえよ。」

そんなのうそ――

もう一度塞がれた。

まるでもう無駄な事を言うその唇など必要ないと言わんばかりに‥‥
塞がれて、
深く、
貪られる。

絡んだ舌が、甘い事に気付いたのは、この時。
あれ、この味‥‥私、どっかで‥‥

あ、そっか。
これ、
私が買ったチョコレートの味。
平助にあげようと思って、買った、チョコの味。
でもどうして?
平助があのチョコを‥‥?
もしかして、彼女に同じもの貰ったの?
安物のチョコを本命に?
って、私も同じ、か――



「そんじゃ行ってくるね。」
「おう、行ってこい。」
いつもの朝8時。
幼稚園の前。
私はいつものように笑顔で見送ってくれる平助に、私は行ってくると言った。
「お昼寝の時にお腹出して寝ちゃ駄目だよ?」
「おまえな、オレをいくつだと‥‥」
「それから、欲しい食べ物があっても子供と喧嘩しちゃ駄目だよ?譲ってあげるんだよ?」
「だから!!オレをいくつだと!!」
からかう私に、平助はいつもの調子で反論する。
たった一日、そのやりとりがなかったと思うだけで、ひどく懐かしくて、ひどく愛おしいものに感じる。
それは私だけではなく、平助も感じていた事らしい。
反論しながらもいつもより楽しそうで‥‥良かったと、私は思った。
「‥‥じゃあ‥‥」
「おう‥‥」
行ってくる、という言葉は何度目か。それでも私は動けずにいる。
元気良くやってきた園児たちはなんとなく、私たちの雰囲気というのに気付いたのかまるで気遣うように園内に走っていくんだから子供って侮れない。
これが喧嘩だと分かったらきっと園児たちが集まってくるんだろうけど、そういう雰囲気なんだと分かると遠慮してくれるんだから。
フェンス越しに私たちは向かい合ったまま、黙り込んだ。
、遅刻すんぞ?」
分かってる。
分かってるけど‥‥なんか、このまま離れるのが、惜しい。
さっきまでずっと一緒にいたから、あんなにくっついてたから。
「なんか‥‥離れがたいなぁ‥‥」
なんて、と最後は茶化す。
笑ったけど失敗した。
失敗した私を、平助は驚いたような顔で、見た。
それからぐしゃっと顔を歪めて、唸りながら頭をがりがりと掻いて‥‥
「そんなの‥‥オレだって同じだし‥‥」
とそっぽ向いて言った。
いつもみたいに茶化されて照れる横顔が、今日からは愛おしく感じるから、不思議。

「でも、帰ってきたらまた、一緒にいれるだろ。」
寂しそうな横顔は、すぐにその言葉で笑顔になった。
「オレも頑張るから、おまえも、頑張れ。」
な?と優しい眼差しと言葉を向けられ、私は不満げに唇を尖らせる。
なんでか‥‥時々、妙に平助は大人だ。いつもは私に勝てないくせに‥‥こういうときだけ、妙に大人で、狡くて‥‥
私はフェンスの上に置かれた平助の手に重ねる。
「一緒にいるだけ?」
「っ――!」
上目に見やると平助はびくんっと肩を震わせた。
一気に顔が真っ赤になっていく。
何を想像したか‥‥っていうのは一目瞭然。私たちが、家を出る直前までしていた事。
一瞬の内に赤くなった平助に、私は笑みを浮かべ一方的にキスをして、ぱたぱたと走り出す。

後で、園児達にからかわれて大変だろうなぁ‥‥と思うとしてやった気分になる。

せいぜい恥ずかしがるが良いよ、藤堂せんせい。

―!」
くすくすと一人で笑う私を、彼が突然呼び止めたのはそのすぐ後。
文句なんて聞こえないよと振り返りながら言えば彼は園児たちに囲まれたまま、口の横にメガホン代わりに手を当てて‥‥こう叫んだ。


「チョコ、今年もありがとな!
うまかった!!」




「もしか、ゴミ箱漁ったの!?」
「おう、悪いな。」
「悪いな、じゃないだろ!何考えてんの!汚いだろっ」
「いや、他に何も捨ててなかったし。」
「そういう問題じゃないだろ!っていうか、なんでゴミ箱から拾ってまで食べるのさ!」
「だって、のチョコ食いたかったし。」
「‥‥!!」

あまりに嬉しい言葉に声を失う私にさっきの仕返しとばかりにキスをされた。
しかも、逃げられないように頭を押さえられた瞬間、わぁ、と子供の声が上がるのが聞こえた。

一蓮托生って事なのか、くそ。

なにはともあれ今日は遅刻決定だ。


エピソード5:腐れ縁の友人



  友達以上恋人未満‥‥だけど、好きなんじゃない
  のかなぁというもどかしい距離感が出したくて、
  彼だけ別の職場にしてみました。
  恐らく彼は恋人同士になると精神的に一気に成長
  するタイプだと思います。

  2011.2.14 三剣 蛍