すいません。
  男の足下に落としたパスケースを見知らぬ女が一言断りを入れて、拾い上げる。
  自分の足下に転がったとなれば、自然に視線で追いかけるのは当たり前の事。

  だから、しゃがみ込んだ瞬間、服の胸元から真っ白い肌が見えるのも‥‥必然。



  「胸チラを見ない男の人は0%らしいですよ。」

  車に戻るや否や突然、彼女の口からそんな言葉が紡がれ、男は思わずエンジンを掛ける手を止めて、なんだ?と訝しく隣を見た。
  助手席に座っている男の恋人は、いそいそとシートベルトをしながら続ける。

  「ほら、女の人の胸元がちらっと見えるあれ、あるでしょ?」
  しゃがみ込んだり、前屈みになったり、時には立ち位置でも見える事がある、女性の胸元のことらしい。
  チラリと見える胸元、だから、胸チラ。
  なんて安直な‥‥
  「あれを見ない男の人っていないんですって。」
  胸チラを見ない男の人は0%。
  つまり、男性全員が女性の胸元がちらりと見えた瞬間、それを無意識に見てしまうものなのだと彼女は言った。

  「‥‥男の性‥‥ですかねぇ。」

  感心したように呟く彼女に、そこで漸く、自分の先ほどの行動を見られていたのに気付いて、罰が悪そうな顔になる。
  先ほど、パスケースを落とす女性が男の前でしゃがみ込んだ時、女性の胸元が僅かに見えた。
  それを‥‥男も思わず、本当に無意識に、視線で追いかけてしまったのだ。
  隣に彼女がいるというのに――

  「さっきのは‥‥その‥‥」
  「あ、言い訳はいいですよ?別に私怒ってるんじゃなくて‥‥」
  彼女は本当に怒っているというよりは心底感心しているようだ。

  「私100%なんて数字ありえないって思ってたけど‥‥あるんですね‥‥」

  正直、
  咎められる方が何倍もマシ‥‥である。

  これじゃまるで男なら誰の胸元でもいいみたいじゃないか。
  いやそうじゃない。
  そうじゃないんだ。
  確かにあると見てしまうものなのだろうが‥‥別に誰でもいいわけではなく。
  と言い訳をした所で、先ほどの自分の行動を見られている以上、説得力は皆無だ。

  「あのなぁ‥‥」

  俺は別に、と言い、そちらを見て、ふと、気付いた。
  そうだ、彼は‥‥見たことがなかった。
  彼女の‥‥『それ』

  そうだ‥‥これにはきっと『それ』も原因に違いない。

  「‥‥。」

  男は一人、答えにたどり着き、納得したように頷いて名を呼んだ。
  そうして、首を捻る彼女に、

  「‥‥ちょっと服のボタンをはずせ。」

  などと注文してみせるのだから、驚き‥‥である。

  思わず、目をまん丸く開き、

  「は?」

  と間抜けな声を上げるのは仕方がない事だ。

  なにをどうしたらそういう事になるのだろう?

  「いいからちょっと‥‥」
  「‥‥わ‥‥って、何が良いんですか!?」
  男はこちらの了承も得ず、彼女の胸元に手を伸ばしてくる。
  だめ!と慌てて払いのけようとしたが、それよりも前に器用な指先がぷつっと、第二、第三ボタンまでを外してしまった。
  すると真っ白く柔らかそうな胸元が現れる。
  どうやら一つ余計に外したせいで、ブルーの下着までが見えては慌てた。

  「おまえが見せねえから、他に目がいくんだよ。」

  「はぁ!?」

  それはどんな理屈だというのだろう。

  彼女が胸元をしっかりと隠しているから、男は別を見てしまうのだと‥‥そういう事なのだろうか?
  つまりはのせいであると?

  「ばっ‥‥」

  あまりの事に反論さえ出てこない。
  つい、馬鹿じゃないのかと罵ってしまいたくて、口を開いて胸元のボタンをはめ直そうとすると、

  「わっ」

  その両手を捕らえられて、胸元に唇を落とされてしまった。
  そうして器用に四つ目のボタンを歯でカリカリと噛みながら、こちらを上目遣いに見遣る。

  治せば、また外す。
  今度は前以上に。

  そんなことになったら‥‥もう、外になんか出掛けられないじゃないか。

  は内心で呟いた。

  すると男は、

  「それもいいな‥‥」

  ぶつり、と今噛んでいたボタンを歯で引きちぎってしまった。
  何をするんだと抗議の声を上げる前に、完全に露わになったふくよかな胸元にきつく唇で吸い付かれて‥‥

  「予定、変更。」

  行きたかった海浜公園から、行き先変更。
  その先は‥‥多分彼の‥‥家の彼のベッド。

  言わなければ良かったと思ったが‥‥所詮、後の祭りである。


  100%の確率




  マジで100%らしい。
  すげえな、と思った瞬間。